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集団制作と個人制作

朝日新聞2021.5.4〜5付に二回に亘って(文化欄)『コロナ下で読むナウシカ・上下』と題する記事がありました。上下分のそれぞれの文末に(大谷啓之)の記載があるので、この大谷さんという方作成の記事のようです。

 『風の谷のナウシカ』の漫画版とアニメ版の違いについては広く知られていることだと思います。漫画版とコロナ禍(下)の現況を重ね合わせて、その作品世界に迫っているのですが、宮崎駿さんが、当代随一のクリエーターであり、かつ当代随一の思想家でもあるということに改めて気づかされます。まあ正直ワタシのような無教養な人間には難解さが先に立つ感じではあるのですが(苦笑)。

気になったには、本筋とは違って、スタジオジブリの鈴木敏夫プロデューサーによるというカタチで宮崎駿監督の意見を紹介している部分。

宮さんは、映画では何百人ものスタッフを率いる以上「テーマはみんなが納得する公的なものでなくてはいけない」という思いが強いし、観客のことを考え、『最後は明るく』というのをやり続けてきた。だけど、漫画は個人的なものだから、自分の好きにやっていい。それは心ひかれるものだったと思う。 以上引用

 

(宮崎さんの意見、考え方(明言なり記述している)なのか、宮崎さんが考えていることを鈴木プロデューサーが推測しているのかは判然としないです)

 漫画の世界で、集団制作である事を『明言』しているのは、さいとうプロを率いるさいとう・たかを氏が、その代表格かと思いますが、そして、実際問題としては、『明言』している漫画家は少ないように感じます。読者の側は、作者の個性が色濃く反映しているのが漫画であり、一人の優れたクリエーター又は天才?によって生み出されるのが漫画である、いや、そうあって欲しいとZ希求している。読者も側は、そんな『漫画家神話』を無邪気に信じている。まあ、そんな読者の思いは、漫画に対してだけではなく他のメディアにも当てはまるのかもしれませんが、漫画はとりわけその傾向が強いかもしれません。好きなアイドル歌手への心情が、その感覚に近いかもしれませね(苦笑)。

あくまでもワタシの推測ですが、現行の漫画制作は、かなりの部分でシステマティックな集団制作が実際に行われていると考えます。それはなぜか?商品として流通させるには、その方が効率が良いから。

ですが、商品として漫画を売る人たちは、集団制作の産物であるという事には極力触れないようにしている。いや、それどころか、ひとりの偉大なクリエーターが生み出した作品であることを機会あるごとに印象付けている。ワタシはそんな風に想像しています。これは、特にディスっているわけではありません。企業人としては当然の行為ですから、むしろ誉められてしかるべき行為かもしれません。

「コロナ下で読むナウシカ」という本来のテーマから外れたところで、勝手な事を書き連ねてしまいました(妄想モードかなあ・苦笑)


2021.5.7記す(ハクダイ)