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「コミックス」のメディア史 山森宙史 青弓社を読む

  久しぶりのブログです。標記本、  副題として「モノとしての戦後マンガとその行方」とあります。

 有意義な読書タイムを持つことができました。マンガ好き、マンガ集めが好きな方へオススメです。個人的に勝手に言い切ってしまいますが、マンガ本を集めるのはどうして面白いのか?という謎に迫った本と言えるでしょう(大げさ?ちょっと違うか?)
 この本、いわゆる学術論文(≒博士論文)をベースとして成立したような側面があるようでして、ハクダイのような無教養な人間が、どこまで理解できたのか?という問題はあるのですが(苦笑)。

 自分の裁量で消費活動ができるようになった小学5,6年生頃から、本屋さん大好き、マンガ本含め本というモノが大好きだった自分のような人間には、興味深い話題ばかりでした。
 とはいえ、”消費者”という者は(一般論として?)、ついこの間の事(数年前?)はコロッと忘れて、だいぶ前から、これが当たり前だった、普通だった、と思っている(思いたがっている)傾向があるモノなので、この本に書かれているような、マンガの単行本、いわゆる新書版のコミックスがいつごろ、誰を読者ターゲットとして生まれ、その後、どのように売られ、読まれて行ったか?なんて事は、どうでもイイこと、だから何?的な事象かもしれませんが(苦笑)。
と言うものの、あしたのジョーを全部読むんだったら、どの判型で読むか?愛蔵?コレクションするならどのシリーズ(判型)にするか?こういったことで悩んだりしたことがある人は少なからず居ると思います。

 1964年生まれで、それなりにマンガ単行本をコレクトし、本屋さんへもそれなりに足を運んで来たワタシ・ハクダイとしては、「ああ、頻繁に立ち読みしたT書店が、まさにこれだな?」とか、今となっては、跡形もなくなってしまった地元書店数件を懐かしく思い出したり。著者は1987年生まれとの事ですが、リアルに経験してきたかのように、文献上の知見だけ(だけは言い過ぎ?)で再構成するのだから、学問というか研究(研究者)はスゴイなあと、ド素人丸出しのワタシ・ハクダイなのでした。

コミックスのメディア史

 書影は青弓社さんより借用。

「コミックス」のメディア史   モノとしての戦後マンガとその行方
山森 宙史(著)四六判  296ページ 並製 定価 2400円+税
ISBN978-4-7872-3460-5 C0036 第一刷 2019年10月23日

2019.11.13記す

辰巳ヨシヒロ『太陽を撃て』を読む

●太陽を撃て・前説

 マンガ家辰巳ヨシヒロの名を知っている・・・この事実だけで、マニア度の高いマンガの読み手である、と言い切れる。大げさなようだが当たらずとも遠からずというところでしょう。しかし、辰巳ヨシヒロの作品を、それなりに読んだ事がある人にとっても、この『太陽を撃て』は「知らない」作品である場合が多いと思います。丸っきりの想像ですが、2002年に青林工藝舎より刊行された『大発見』収録の「全作品リスト」でその存在を初めて知った人が多いのではないでしょうか?

●書誌的なデータ等

(1)連載 読売新聞社週刊読売にて連載。1984.7.29号(1984年第XX  号より連載開始。全35回で、1985.3.31号(1985年13号)に連載終了。1回あたり16ページで全560ページ(16×35=560)。1984年〜1985年は昭和59年〜昭和60年に相当。

(2)副題など 副題として「バイオ・チャレンジャー」と付されている(連載1回目より最終回まで、すべての扉ページに於いて)。また、第一回目の扉には「新連載スタート!!」という惹句と共に「日本初のバイオアクション劇画」の文言がある。

(3)単行本化 単行本化されていない。記憶がうろ覚えですが、講談社(多分)の何かのマンガ単行本の巻末広告か、カバー(そで部分か?)の広告で、「太陽に撃て刊行の予定」を見かけた記憶があります。折に触れ、マンガ収集の同好の士?に、この広告の存在について尋ねているのですが、私の記憶を裏付けるような証言は得られていません   ⇒ 『情報求む』ですね。

(4)作者辰巳ヨシヒロ自身が語る本作品・太陽を撃て 辰巳氏最晩年の著作(自伝と言ってもよいだろう)『劇画暮らし・2010年10月・本の雑誌社』にて、この作品についても言及している。情報量自体は多くは無いが、連載に至る経緯と制作にまつわるエピソード、作品の骨格についての記述がある。

(5)個人的体験  連載当時、ハクダイは19〜20歳の学生でした。(ハクダイは1964年9月生まれ)。最寄り駅近くのK書店の店先で、掲載誌連載中のこの作品をチラッと眺めた記憶があります(多分1回か2回のみ)。『地獄の軍団』の雑誌連載(漫画サンデー連載)をリアルタイムで幾度かは読み(多くは無い、10回は無いだろう)、小中学校よりの友人K君より『地獄の軍団・単行本全6巻』を借りて読んでいたし(18歳頃)、小学館漫画文庫の鳥葬、コップの中の太陽、秋田漫画文庫のてっぺん〇次は既に所有していた。若干、時系列が前後するかもしれないが、コミックばくとマイルドコミックの連載作品はリアルタイムで雑誌を読んでいた。なのだけど、連載中の『太陽を撃て』を本気で追いかけることはしなかったわけですが、今にして思えば失敗したなあ・・と(苦笑)。どうでもいい情報ですが、ガロ発表の『大砲』とかも、中古で手に入れたガロで読んでいたし、ヒロ書房から出た単行本も何冊かは入手していました、この当時既に。情報が少なかった当時にしては、結構頑張ってましたね、自分(苦笑)。

(6)この作品へアクセスするのは容易ではない この作品を読む事は、長年の懸案事項でした。まあ、週刊漫画TIMES連載の未単行本化・辰巳作品も殆ど読めていないですが。とは言え、週刊漫画TIMESは、それなりに古本が流通しているのですが、週刊読売は、あまり市場に出ないようで(素人なもので探し方がぬるいのでしょうけど)、1回分でさえ読む事がが叶わない状況でした。しかし、ある時、基本に立ち返って、国会図書館のデータベースにアクセスしてみたところ、週刊読売のバックナンバーが保管されていることが分かり、コピーを依頼、念願叶って、この作品を読むことができたのでした。連載(掲載)誌が、通常のマンガ雑誌では無かったが故に、古書市場では入手できない、マンガ雑誌では無かったがために、公的図書館に蔵書されていた、という、なんとも皮肉な結果になっているかと思う次第です。

●作品内容紹介

ネタばれになるのは粋じゃない?でしょう(苦笑)。エンディング含めてのストーリーの全貌を、ここで明らかにすることは控えますが、作品世界の概要というか作品の持つ雰囲気は伝えたいです。

1.登場人物たちのカテゴライズ 物語の骨格を理解する意味で重要です。つぎの三つにカテゴライズされる。

(1)ムー大陸に暮らしていた『ムー帝国』の末裔たち 『ムー帝国』は、高度なバイオテクノロジーを滅亡当時にして、既に持っていた。ムー帝国の末裔たちは、バイオテクノロジーを更に高度に発展させ、それによりムー帝国の復興ひいては、全世界の安定統治を構想している。

(2)ムー帝国の末裔への協力者 協力者の筆頭が、本作品の『主人公・有明健・ありあけたけし』である。有明健は、ムー族の末裔たちにムー族の三人の王女を探してくれと頼まれる。ムー帝国再生のシンボルとして三人の王女の存在は大きく、有明健は、この依頼を受ける。この三人の王女を探す出すミッションこそが、物語の縦軸となっている。三人の王女の父は、ムー帝国の帝王ラ・ムーの子孫にあたる。

(3)謎の組織・レムリアコネクション 世界的規模の破壊集団。『帝王・キング』と呼ばれる男がトップ(首領的存在)である。ムー族の末裔たちと敵対する存在であり、当然、主人公・有明健と敵対する。この敵対こそが物語の横軸となっており、有明とレムリアコネクションとの間で繰り広げられる戦闘〜アクションシーンは、娯楽作品としての本作品において欠かせない要素となっている。

2.主要登場人物

(1)有明健/ありあけたけし 主人公 グローバルな活動をする総合商社に勤務していたが、会社(仕事)や世界(グローバル)情勢、人類の行く末など、いろんなモノに対して漠然とではあるが怒りと不信感、不満を募らせていた。バイオテクノロジーを応用し、人類を平和へ導くというムー王国の考え方に共鳴し、ムー族の末裔たちへ協力する生き方を選ぶ。

(2)有明健が探し求める三人のムー王国の王女 物語上重要な役どころである。ムー族の復興運動のシンボルとして、王女たちを探し出したいムー族の末裔たちが、有明健にムー王女探索に手を貸して欲しいと依頼することが、物語の発端となっている。物語が進む中で、三人のうち二人までは「発見」されるが、最後の三人目の正体はなかなか明らかにならない。ほぼエンディングにおいてやっとその存在が判明する。三人の王女たち(及び王女らしいと思しき女性)は、皆が皆美女、美人であり、彼女たちとベッドインする場合が多い。

(3)バイオテクノロジーの研究者・山田  有明健と、同じ大学のボート部に所属していた。ムー族の末裔の行うバイオテクノロジー研究における重要なメンバーである。有明健がムー王女探索に手を貸して欲しいと依頼されることが、物語の発端となっているが、山田こそが有明健に協力を持ち帰る役どころである。彼自身の研究者としての経歴、ムー族の末裔たちとの接触に至る経緯については不明(作中、明らかにされていない)。東北の農村(いわゆる寒村)の出身である。

(4)留川(トメさん) サラリーマン時代の有明健の上司。人は良いが企業人としては、出世するようなタイプでは無い。飢餓に苦しむアフリカの人々を救う救援活動ボランティアに会社を辞めて参加する。フルネームは明らかにされていない。一人娘の房子と二人暮らし。

(5)房子(留川房子)  トメさんの一人娘で、浅草にある居酒屋「酒処・たぬき」の女将である。有明健とは、お互いに好意を感じている仲である。年齢については作中触れられていないが有明健と同世代だろうか?居酒屋の女将であるためか、妙に落ち着いた雰囲気〜印象があり、意外に年齢は高いかもしれない。

(6)摩耶(渚摩耶/なぎさまや) ムー族末裔(直系?らしい)でその幹部的な存在 有明とは相思相愛に近い関係である。

(7)帝王/キング  世界的規模の破壊集団・レムリアコネクションの首領的存在の男。禿げ頭でやや太めの体型、いわゆる”恰幅が良い”感じ。昭和の反社会的組織のボスという、ステレオタイプな表現がピッタリかもしれないです。

(8)キール博士 レムリア・コネクションの科学者・バイオテクノロジーの専門家。片目眼帯の男で、マッドサイエンティスト的なキャラクターだが、常識人的な一面も感じさせる。

(8)城北署の刑事二人(古川・宍戸) 有明健を得たいの知れない男として疑いの目で見ているが、物語終盤、レミリア・コネクションの存在に気付き、有明への態度が協力的なものに変わる。

3.作品理解のための重要キーワードなど

(1)古代ムー帝国  古代ムー帝国は、高度な文明をもった帝国だが、一万二千年前に一夜にして太平洋に没したといわれる。ムー文明(≒ムー帝国)は、建築と航海術にすぐれ併せて高度なバイオ技術をもっていた。ムー族の末裔は世界各地にいて、強い結束を持ち、高度なバイオ技術を近未来に生かしてこの世にユートピアを建設する夢を持っている。

(2)ムー族のバイオテクノロジー(バイオ技術)  ムー族の末裔たちが研究(実用レベルのモノが多いか?)しているバイオテクノロジーとしては次のようなものがある。 ①数十倍の生育速度を持つ水耕栽培による植物工場、②通常の数倍の大きさの乳牛がいる地下牧場、③水素生産菌が作り出す、海水からの水素エネルギー。④バイオ鉱山;特殊なバクテリアが鉱石に含まれている金属を溶かして回収。⑤カメレオンのような擬態が可能な特殊な繊維。⑥二重水素と三重水素による人工的な太陽エネルギー。⑦超能力発生装置・サイコトロニクスジェネレーター。いわゆる念力(バイオエネルギー)を蓄積増幅して電子ビームのように放出する装置。(*)古代時代に、ムー帝国にどれほどのバイオテクノロジーが存在したかについて具体的には触れられていない。 連載当時における、最先端の技術的、工学的な知見を踏まえているでしょう。

(3)有明健が受けるトレーニング ムー族の末裔たちによって、超人的なパワーを得るべくトレーニングを受ける有明。そのトレーニング内容は次のようなもの。

①八か国語の外国語・サジェストペディアという高速学習法。 バイオテクノロジー研究者・巴(ともえ)がこの学習法に関わっているようである。

②バイオ武道/生体道  観念で磁場を自在に操るものであり、宇宙からのエネルギーライン(光子線、電子線)と人間のエネルギーラインをつなげ、自分の体内に小宇宙をつくる。頭部が異様に変形した修行僧的容貌の男「妖蛾・ようが」が有明へ指導〜伝授する。

③効率的な泳法  水中摩擦をカットする特殊な皮膚塗膜オイル、呼吸用の人工エラ、イルカの持つ能力よりヒントを得たとされる音響レンズと呼ばれる特殊なセンシング(感知〜検知)能力、これらを使っての泳法。体育会系教官的風貌の男ヤマシタが有明の指導担当。

④性欲コントロールと女性への性的完全奉仕  有明の教育&身の回りの世話の担当である女性ルナは「世界各地から選ばれた十人の美女」を「一晩に、この美女たち十人を平等に愛する」ようにと命じ、それに応えて『懸命に励む』有明であった。「性欲は煩悩のひとつだが、それを超越するのだ」と有明に説く妖蛾。妖蛾は、インドに伝わる性の教典「カーマ・スートラ」を引き合いに出し、修行に励めよと有明に説く。妖蛾は「性の達人」的な能力を持ち、有明も修行により妖蛾同様の達人の域に達する。

(4)惚れパシーと王女の証である尻の刺青(タトゥー) ムー族王家では生まれた赤ン坊のお尻に『証しとしてのエンブレム」を特殊な刺青(タトゥー)で施す習わしがあり、そのエンブレム/刺青は普段は分かりにくいが、興奮すると皮膚の上に浮き上がり明瞭になる、という事になっており。有明はムー王女と予測される女性たちとベッドインし興奮させて、尻のエンブレム/刺青の存在を確かめる必要がある。有明が、女性と親しくなるために、女性に対して送る「惚れさせるために送る想念」が「惚れパシー」である。「惚れさす」+「テレパシー」からの造語であることは言うまでもない。尚、作中では刺青(タトゥー)は「イレズミ」と表記されている。ムー王女の尻のイレズミの存在はエロティックなシーンを出来るだけ描きたいと考えた作者による演出と考えます。

(5)レムリアコネクションの帝王(キング)の計画  近い将来に超大規模な人工地震を発生させる事で地殻の大移動を起こし、1万2千年前に海底に没したムー大陸を浮上させ、アメリカ大陸、アジア大陸は海底へ沈めようというのが帝王の計画である。そのため、レムリアコネクションは太平洋の複数のポイントで人工地震の実験を繰り返している。また、彼らは核ミサイルを保有している。米軍の核ミサイルを奪取するなどして核を保有してたようだが、核爆弾の製造能力を持つかどうかは作中、触れられていない。

 帝王(キング)を発言の幾つかを。『戦争、裏切り、自然破壊、思いつく限りの不法行為を続けてきた人類は滅亡するしかないんだ』、『破壊だっ!! この腐りきった地球を救う唯一の方法は破壊しかないんだ』、『誰であろうと、わしに逆らう奴らは、ことごとくひねりつぶしてやる』 高邁な理念を持っているのか?狂気的な妄想を抱く男なのか?作者の意図はどの辺にあるのだろうか?

(6)新人類 レアレム・コネクションのバイオテクノロジーによって生み出された生物が新人類であり、その第一号が、ゴリラと人間の融合による「ゴリマン」、第二号は、チンパンジーと人間の融合による「マンパンジー」である。ゴリマンは、腕力は人間の十倍であったが知能が劣っており、マンパンジーはチンパンジーのしなやかな体と人間の優れた知能を持つとされる。これら新人類はキール博士によって生み出された。

(7)帝王(キング)の野望 新人類を人間と動物のそれぞれの長所を持つ、この世で最高の芸術作品だとと豪語する帝王(キング)。古代ムー帝国が世界中から集めた金銀財宝を手に入れ、浮上したムー大陸に新生レムリア帝国を建設する事こそが、帝王(キング)の野望のようである。人類は滅亡し、新たに創造された『新人類』たちが生きる世界こそが新生レムリア帝国である、と。
帝王(キング)は語る「レムリア英国は理想郷・ユートピアであり、(自分は)帝王として君臨するのだ」。そして、キール博士に対しては「あんたは大統領閣下だ」と語る。(5)(6)(7)と、レムリアコネクションについて書いたが、作者が「彼らを狂信的だが、十分存在しうる集団」として造形しえたか?未消化部分が多い故、いくぶんエキセントリックになってしまったのか?微妙ですが、その判断は読み手に委ねられているでしょう。

(8)作品タイトル「太陽を撃て」に作者は何を託したのか? 「太陽を撃て」に作者がいかなる意味を込めたのか?作品全体を通して読んでも、100%明確は回答は得られないまでも、神をも恐れぬ無謀な行為への戒めとしての言葉であるという意味であると考える。帝王(キング)と有明が直接対峙(対決)するシーンで、”あんたは狂っている、バカげた計画は中止しろ”と迫る有明に、帝王(キング)は ”わしはやると決めたことはどんなことでも、やってのけるのだ。太陽だって撃ち落としてやるぜ” とうそぶく。

 核爆弾により地中に沈んだ古代ムー帝国を浮上させようとする帝王(キング)の試みは、有明とムー族末裔たちのバイオエネルギーにより阻止される。そして人工大地震によってムー帝国浮上を引き起こそうとする帝王(キング)の次なる試みも失敗し、帝王(キング)は発狂してしまう。帝王(キング)は、極めて小さな島を巨大な古代ムー帝国と思い込み、”くそおっ 撃てーっ 太陽を撃ち落とせ” と叫び、部下たちにも見放されてしまう。帝王(キング)の野望を打ち砕いた有明は 最終回において”帝王(キング)の夢は太陽に矢を射るようなものだった”と口にするのだった。

●作品解題(解題めいたモノ)

1.辰巳ヨシヒロらしさが詰まった作品 辰巳ヨシヒロというクリエーターが精魂かけて作ったという感じがします。経済性重視、物質至上主義など、近現代の懐疑を根底に据え、バイオテクノロジーという技術に希望を見出して人類にとっての明るい未来を展望しているスケールの大きな作品である。エンディングにて作者は、主人公有明に「バイオは双刃の剣(もろはのけん)だ、人類の幸せのために、限りなく役にたつが悪用すれば神への冒とくとなる」と語らせている点も興味深いです。ムー王女を探し出すというミッションを縦軸に謎の破壊集団との抗争を横軸に深みと奥行きのある娯楽作品の構築の成功しているでしょう。また、アクション作品としての面白さに並立するかたちで、エロティックな娯楽作品としても成立すべく、作者辰巳ヨシヒロが腐心している事が伺えます。主人公有明は何人の美女ちと『交渉』を持ったでしょうか?具体的に数えていませんが、男の夢を叶えます的な文脈で言えば王道的な娯楽作品のフォーマットを持っていると言えるでしょう。まあ、近年は女性蔑視と見做される場合が増えつつあるのかもしれませんが。

 ムー王女を探すために、有明はパリ(フランス)マドリード(スペイン)へ赴き、そこでレムリアコネクションとの死闘を繰り広げる。また、有明は、飢餓地域であるアフリカ・タンザニアへ行き、ボランティア活動にも従事する。フランスを舞台にする事については、本作に五年ほど先行する『地獄の軍団』でも行われているが、作者辰巳ヨシヒロのヨーロッパ滞在経験が生かされていると思う。

 登場人物が比較的多く、”セリフがある”を基準に考えてみても少なくても約40名。各キャラクターの描き分けも見事で、大友克洋以降と言うのが適切かどうかは分からないが、細い線で高密度で描き込むスタイルが多い現在のマンガ状況からすれば、少数派の手描き感の強い、やや太めの筆致(タッチ)で、ここまでキャラクターを描き分けられる辰巳ヨシヒロというマンガ家の上手さを改めて再認識できる作品になっています。1985年当時にして辰巳ヨシヒロのようなスタイルは、少数派になりつつあった、という認識ですが。

2.いくぶん辛口な評  辰巳ヨシヒロがデビューしてからの約30年間で、マンガ表現は大きく変容した(進歩進化した)。当然、辰巳氏自身のマンガ表現も変容しているのだが、マンガ全体の変容さ加減と比べれば、明らかに見劣りしていると言わざるを得ないであろう。連載から30年以上経過しているとは言え、30年前の読者が感情移入して読み込んだとはとても思えない。とにかく、一言でいえば古臭いし洗練されていない。

 悪の組織「レアレム・コネクション」の存在は、謎めいているという点では面白いのだが、いかんせん、昭和30年代の貸本マンガ的な雰囲気が濃厚の悪役である。首領的な存在の帝王(キング)、そしてその部下たちも、いったいいつの時代だ?という感じだ。ミレアムの用いる兵器の設定、描写がいかにもおざなりな印象で拍子抜け。核兵器を取り上げるのであれば、それなりに裏付けが無いと読者は納得しないでしょう。バイオテクノロジーを応用した技術については、それなりに説得力がある事も少なくないのだけど、底が浅いというか奥行きが無いというか、粗雑な印象は免れない。

3.更に深読みあるいは『斜め上』的読み  全くの推測であるが、制作側への掲載誌の編集サイドからの商業的な要請や、人気ランキングや読者の評判などの情報提供は比較的少なかったモノと思う。この連載誌であったればこそ、それなりの長期連載が可能であったのかもしれない。マンガ専門の雑誌であったら、もっと短命連載であったかもしれませんね。あくまでもハクダイ個人の想像ですが。

 エロティックな娯楽漫画的な要素が多いのは、編集サイドの要望というより、商業作家辰巳ヨシヒロのプロ意識、サービス精神の発露ような気がします。70年代後期に少なくない数手掛けたエロティックな要素が強い娯楽作品で培った成果と言えるでしょう。あくまでもハクダイ個人の感想)。編集は、そこまで要求しなかったのでは?と思う次第。

 マンガ家辰巳ヨシヒロは、さいとう・たかを率いるさいとうプロのような、システマティックなマンガ制作システムを採らない、という立場を終生貫いた。そんな風に思う次第です。辰巳さんは自著にて四人のアシスタントが居た時期があった旨書いていますが、それは、手塚治虫登場前の古きよき時代の徒弟制度が色濃く残る「児童まんが」の頃と、大きく変わらない『師匠(先生)と弟子たち』という関係と変わらないモノであったかもしれません。

 さいとう・たかをのデビルキングの貸本版(1964年)と雑誌連載版(1969年)を読み比べてみると分かるのだが、リメイク版に当たる雑誌版は、作劇〜物語展開や個別の設定に格段の進化が見て取れる。科学的な裏付け、社会的、経済的な根拠、法治国家である現代日本を舞台とした作品であること等々、絵空事とならないように十分過ぎるほどの配慮がなされた上で、「雑誌版・デビルキング」が制作されているのがわかります。辰巳さんの「太陽を撃て」は、質感としては雑誌版よりは「貸本版・デビルキング」に近いかなあ、というのが率直な感想ですね。

●参考資料 

1.連載各回の扉部分のコメント(キャプション)

回数  連載各回の扉部分のキャプション
1. 日本初のバイオアクション劇画 新連載スタート!!
2. なし
3. なし
4. バイオ・コンピューターの資料を奪われ有明は賊の凶弾に倒れる!!
5. なし
6. 美女摩耶からムー族王女捜索の依頼を受けた有明は決断を迫られていた
7. 摩耶との愛とのために秘密組織(ナカール)に入った有明 そこには眩いばかりのバイオ技術が・・・
8. 有明の前に立ちはだかる老武道家 その恐るべきバイオパワーの正体は!?
9. ナーカルのハーレムで十人の美女たちに囲まれ有明の情欲はついに爆発した!
10. ハーレムで展開される異様な光景 美女と絡む老師・妖蛾(ヨウガ)の姿に驚愕する有明!!
11. 話題沸騰!!
12. 摩耶との愛を確かめる間もなくパリへ急いだ有明!! 古都を舞台に物語(ストーリー)は佳境に!!
13. ムー王女捜索の手がかりを掴んだ有明・・・しかし背後にはレムリア・コネクションの影が!?
14. 事件の鍵を握るアリの迫るレムリアの怪物(モンスター)!? ムー王女はジプシーに売られていた!!
15. TEEの客室(コンパートメント)に現れたレムリムのバイオ怪物(モンスター)!!
16. レムリアの追撃を逃れてラ・マンチャに着いた有明、ムー王女の行方は・・・・!?
17. 艶やかな舞姫マリア 果たして彼女はムーの末裔か・・・
18. 執拗なまでのレムリアのの襲撃!! 舞台は地中海の港町バルセローナへ・・・
19. 華麗な女闘牛士テレサ 健の惚れパシーは通用するか?!
20. ムー王女・テレサに迫るレムリアの魔手・・・細胞融合モンスター ゴリマン・シルバー死す
21. 話題騒然!! マスコミ・経済界でバイオ注目度ますます高まる
22. 飽食の日本を離れアフリカに向かう健 バイオ技術(テクノロジー)は飢餓を救えるか!?
23. 飢餓に挑戦する健のバイオ・パワー
24. 独走!!バイオアクション 週刊読売だけのNEW劇画 『劇画』の名付け親が執筆
25. 世界の飢餓地帯をバイオテクノロジーで救えるか?! 告!食品製造企業、生物研究所、関連諸団体、必見。バイオ劇画!!
26. アンはムーの王女だった 再開した健と摩耶・・・揺れる二人の心 そして執拗に迫るレムリアの魔手
27. 人気沸騰!! 有明は太陽に照準を絞った・・・いよいよ・・・
28. レムリアの入った健と摩耶 そこで見たものは・・・地上にハルマゲドンが近づく
29. 奇怪な”新人類”を乗せたノア号の行く手は・・・
30. イースター島に再び集結したナーカルのメンバー いよいよレムリアとの全面対決が始まる!! 人類の未来を賭けて・・・バイオチヤレンジャー何処へ。
31. いよいよ佳境(クライマックス)に!!
32. イースター島に迫る狂気のミサイル!! バイオ・エネルギーは現代兵器(スーパーウエポン)に通用するか?!
33. ついに結ばれた健と摩耶・・・
34. 東京で再開した健と山田 ムー族最後の王女は何処に・・・
最終回35. ついに発見された第三のムー王女 揺れる健の心・・・さらば バイオチャレンジャー また逢う日まで

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー-----------------------------2019.10.23記す(今後、追加と修正の予定あり)/2019.10.27追記(参考資料1.)

2019年GWその2京都に山森先生を訪ねる

平成30年・2019年・4月30日(火)、正真正銘の平成最後の日になります。前日宿泊した大阪福島駅近くのホテルを出たのは、朝7時半頃でしたでしょうか?新幹線で京都駅を目指すなんて言う事は全く無くて(苦笑)、JRの普通列車を乗り継いで京都駅へ向かいます。京都駅に着くと、とにかく駅前というか駅構内というか、人の多さのビックリというかうんざりする感じです。山森先生の御宅には、これまで数度ほどお邪魔しているのですが、どこか肝心な何かが抜け落ちているのでしょう、ワタシの頭は(涙)。何度行っても行き方を直ぐ忘れます(涙)。地下鉄を使わずにバスで行くつもりで、ある程度下調べしてきたのですが、乗り場が間違っていそうで、山森ススム先生の御長女のFさんにバス乗り場について確認の電話をする始末。まあ、それでも、なんとかバスに乗って(クルマ移動が基本の生活をしている身でして、バスに乗るのは結構緊張します。運賃の支払い方法とか、金額の確認とか、間違えたら、まごついたら恥ずかしいなあ、と緊張します。←まあ、そんなに気にする必要ない(苦笑)。朝食を食べていない事に気付いたので、バス亭を降りて、朝食食べれそうな場所を探していたら、バスの一区間くらい戻っている始末。喫茶マリヤという名の懐かしい雰囲気の喫茶店でモーニングを堪能。メニューにあったイタリアン焼きそばというのを食べたかったのですが、11時以降からにならないと出来ない、との事で、モーニング注文。イタリアン焼きそばは、次の機会にリベンジだな(うんうん)。

 スマフォでの検索がうまくいかず、PCで下調べした時に紙出力をしておけば良かったなあ・・・と思うも後の祭り。

何度も来てるのですが、結局Fさんに近くまで迎えにきてもらう事になってしまい、自分自身に腹が立ちますね(汗)

山森先生の工房『京都箔鳳工房』にたどり着いたのは10時半過ぎでしたでしょうか?2年ぶりにお会いする山森先生の御変わりない御姿に安心しました。昭和10年(1935年)の7月生まれですから、あと二か月ほどで満84歳を迎えられます。

話題は、まず昨日行ってきた稲沢市、そして佐藤まさあき氏の甥御さんよりお聞きした事が中心に。まあ、プライベートな話題ですので、ここで書くわけにはいかないのですが。

 佐藤まさあき氏の女性遍歴の凄さというか素晴らしさというか、ある種の狂気、もしくは病的な性癖については、山森先生は殆ど知らないようでした。佐藤まさあき氏が上京するまで、日の丸文庫等で山森先生と佐藤まさあき氏は、頻繁に会っていたようです。山森先生は、佐藤まさあき氏の最初の奥様Kさんとは東京国分寺でお会いした事があるとのことでした。これは、1959年(昭和34年)の初夏くらいの事かと想像します。日の丸文庫の専務の媒酌によって大阪で盛大に結婚式を挙げた佐藤まああき氏と新妻のKさんは国分寺で新婚生活をしたようです。このあたりについては佐藤まさあき氏も自伝で自ら触れていたように記憶しますが、(記憶曖昧で要確認〜修正あり得る)。山森先生には再確認するのを忘れましたが、山森先生は、佐藤夫人であるKさんと、日の丸文庫界隈でそれなりにお互いを知る間柄だったように思います。

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 京都箔鳳工房の代表として、『工芸作家・山森博之』として製作活動を行っています。「漫画家・山森ススム」はペンネームでの活動ということになります。京都箔鳳工房のマネジメント全般は長女のFさんが担当されています。京都箔鳳工房のサイト ← クリック いわゆる伝統的な工芸(技法)としての『螺鈿』及びそれらの発展形に相当する「独自の加工技術」を駆使して、いわゆる一点物の工芸作品、クラフトアートを製作しています。

下記に幾つか作品の画像を。

京都箔鳳20190930DL分 (1)

 

 ↑ 大作ですね。額装して応接室に飾りたい一品ですね。

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 ゴルフマーカーとピアスです。鮮やかな色味と模様が印象的です。

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 下記2点は、凹凸〜立体的な質感を感じて頂きたいですね。

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 山森先生の御長女のFさん(工房の実務的な事を担当)を交えて、数時間ほど楽しい時間を過ごさせて頂きました。 話題は、佐藤まさあき氏の事に始まりまして、二人の息子さんの近況、昭和30年代の貸本マンガ時代の事、西陣織物業界での仕事から近年の制作状況まで、多岐多様、取り留めなく、あちこちに話題が飛んで、まさに収拾がつかない状態でしたが、楽しい時間を過ごさせて頂きました。

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近年制作のマンガ作品

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●山森先生が手掛けられて来た工芸品

 本物の蝶を素材として、帯に埋め込む(編み込む?)という特殊な技法を独自に考え出したそうです。名付けて『舞蝶織』。注文が絶えまなく入った時期があったそうです。

2019GW_kansai (128)-1024 

↓螺鈿材料(貝より得られる箔状の材料)を使用して得られる凹凸のある(立体的な)意匠が素晴らしいです。帯に加工しています。

↓近年多く製作されている風神雷神をモチーフとした作品。一点一点が完全手作業品ですので、製作時間は、やや長めとのことですが、売れ筋商品とのことです。

2019GW_kansai (119)-1024 

↓工房の一角に設けられた作品ギャラリー。自転車などが映り込んでしまっていますが(汗)、圧巻の作品群です。

モチーフとなるモノは近年は、仏教的な要素を持つものが多そうですね。↓

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2019.8.27記す/2019.9.30追記

 

2019年GWの記録その1 佐藤まさあき縁の地・愛知県稲沢市祖父江町を訪ねる

  2019年(平成31年・令和元年)は劇画工房の結成より60年となる節目の年となります。劇画工房という組織の存続期間を何月から何月までとするか、いろんな見方があると思うし、いろんな説があっても良いと思います。いや、そもそも、劇画工房の存在自体に対する見方も、人それぞれでしょう。極端な事をいえば、昭和漫画史にあって、それほど大きなトピック(論題・出来事)では無いかもしれません。ですが、やはり、7人(8人)の漫画家が、劇画工房を標榜した事は、記憶なり記録されるに値する事だと思います。実際昭和39年生まれのワタシ・管理人ハクダイは、貸本漫画を直に体験しているわけではありませんが・・・。

 時間的、経済的に、なにかと制約が多い生活を強いられておりますが、平成から令和へ移行するGWは、最大10連休とはいかないまでも、それなりの連休を取ることが出来たので、劇画工房結成60周年記念として私的に(勝手に・苦笑)関西方面へ出掛けてみました。

 主要な目的は3つです (1)愛知県稲沢市祖父江町訪問 (2)京都の山森ススム先生宅訪問 (3)大阪での漫画収集仲間との会合(飲み会) 

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 (1)愛知県稲沢市祖父江町訪問 劇画工属の一員として活躍した劇画家・マンガ家『故・佐藤まさあき』の縁/ゆかりの地である愛知県稲沢市祖父江町を訪ねる。佐藤まさあきの戦争中(太平洋戦争・第二次世界大戦)の疎開先(いわゆる縁故疎開先)が現・稲沢市祖父江町である。祖父江町には佐藤まさあき氏の父(一家、一族)が住んでおり、佐藤まさあきは戦争末期より約7年間、小学生から中学生の多感な時期をこの祖父江の地で過ごしている。佐藤まさあきの実兄(故人)の長男の方、即ち佐藤まさあきの甥である方に案内して頂く。祖父江町は2005年に稲沢市へ編入されるが、合併(編入)時点では、中島郡祖父江町。敬称は一部省略させて頂きました。

 (2)京都の山森ススム先生宅訪問 劇画工房に参加した8名の漫画家のうち、2019年5月現在御存命の方は、さいとう・たかを氏と山森ススム氏の御二方のみです。漫画家山森ススムの活動期間は昭和30年代の十年弱(1956年〜1964年頃)と短かった。だが、京都西陣織物関係の職人、螺鈿細工の工芸作家として昭和そして平成の時代を職人気質と共に生き抜いて来たのが山森ススム(本名山森博之)である。古き良き昭和の時代の雰囲気そのままに、令和の時代も、まさに匠の技をふるい続ける螺鈿細工の工芸作家として活躍する一方で趣味として漫画製作を続けており、その力強い筆致は80歳を過ぎた老人のモノとは思えない。

 (3)大阪でのマンガ収集仲間との会合  劇画工房結成60周年とは関係無いのですが(苦笑)、漫画収集家の仲間の方とお会いして情報交換するものです(苦笑)。まあ、古いマンガの話題なら、ある程度ついて来てくれる頼もしい仲間たちとの集まりですのでワクワクです。

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 ●稲沢市祖父江町を訪ねる(平成30年(2019年)・4月29日(月)

 故・佐藤まさあきの甥御さんに当たる佐藤雅之さん(さとうまさゆきさん)に名鉄・国府宮(こうのみや)駅までクルマで迎えに来て頂く。朝7時過ぎという休日の早い時間で恐縮至極。故・佐藤まさあきの本名は佐藤雅亘(さとうまさあき)で、字面的に一文字しか違いのない甥御さんです。(以下、文中、煩雑さを避ける意味で「甥雅之」さんとします。ちなみに『雅之』の名は『成功者・佐藤まさあき/雅亘』にあやかっての命名とのことです。

 佐藤まさあきが縁故疎開先として身を寄せ、終戦間際の昭和19年(1944年)より中学校を卒業するまでを過ごした土地が、ここ祖父江町。佐藤まさあきの父親(及びその親族)は、この祖父江町で暮らしていた。佐藤まさあきの生年は昭和12年(1937年)・9月。
 名古屋駅から、そんなに離れていないけど、結構いなかに来たなあ、という感覚になります。管理人ハクダイの住む南東北の福島県いわき市(太平洋ぞい)は、平野部(平地部)が比較的少ない場所なので、東京へ行く度に、さすが関東平野、どこまでも見通しがイイ?的な感慨めいたモノを持つのですが、濃尾平野も、やっぱり立派な平野ですね(苦笑)。

 甥雅之さんのクルマで漫画喫茶へ寄りモーニングタイム。愛知県なのか、中京地区なのか?良く分かりませんが『モーニング文化』的なモノがあるとは聞いていたので、興味津々ですね(というより、この遠征の楽しみの一つ)。甥雅之さんとお会いするのは、これが2度目です。一度目は2014年に稲沢市図書館での佐藤まさあき展の時でした。サンドイッチを食べながら、佐藤まさあきの事、亡くなられたばかりの佐藤まさあき氏の実兄の記本隆司さんの事などあれこれ話してもらいました。(記本さんの亡くなったのは2019年の年初?。記本隆司さんは、世間的にほぼ無名ですが、佐藤まさあきの苗字が違う実兄です。佐藤プロのマネージャーとして、佐藤まさあき作品の制作に大きくかかわった人物です。佐藤まさあきの商業的な成功の一番の功労者が記本さんだと思います。

 8時半過ぎ、二軒目のモーニング。甥雅之さんが言うには、最初は別のお店を考えていたようですが、ルート的には、これもありか?みたいな(苦笑)。さきほど、食べたばかりでまだ一時間ちょっとしか時間が経っていないのですが、モーニングを梯子するのでしょうか? こちらも、エエッツ、もう?、また?、モーニングですか?と尋ねたい気持ちはあったのですが、2食目も行けそうだったので口にはしませんでした(苦笑)。とにかく、小倉トースト、ウマかったです。家族連れなのでしょうか?近所の人同士なのでしょうか?高齢者の姿が比較的多く、数人以上で談笑していたのが印象深かったですね。8時半という早い時間ですから、この光景はインパクトありました(少なくても、自分の住む地域では、ほぼ見られない光景かと思います)。

 甥雅之さんの自宅のマンガ本が棚一面に飾られた部屋へ案内して頂きました。佐藤まさあきの著作が、数百冊は保管されているでしょうか?二人の息子さん、甥雅之さんのお姉さんが読まれたマンガもあるようでして、全体としては数千冊のマンガがあるかと。そして、甥雅之さんが大事にしておられる、佐藤まさあき作品の原画も特別に見せて頂きました。単行本の表紙に使われたカラー原画が、ケッコウな数ありまして、いやあ凄い凄い(苦笑い)。 幾つかの佐藤まさあき作品関連スポット(名鉄山崎駅など)にも案内して頂き、有意義な祖父江町訪問でした。

参考データ〜佐藤まさあき氏の縁者まとめ(佐藤まさあき氏の甥の雅之さんよりの情報を整理)

・父:明尾(実家が祖父江にある:大阪で空襲で死去)
・母:ミユキ:徳島県生まれ(旧姓記本):大阪で空襲により火傷⇒祖父江へ逃げる⇒数年後祖父江で逝去。
兄弟姉妹(全6人)は全員が大阪生まれで、以下年長者より

1.長女:メリヤス工場を営む男の元へ嫁ぐ。その男よりDVを受ける。佐藤まさあき氏が折に触れ語っている。
2.次女:大阪で空襲により死去。
3.三女:千代子⇒父明尾の実家(祖父江)に疎開
4.長兄:明正⇒大阪で空襲に会う⇒祖父江へ母と逃げる⇒戦後も祖父江に住み続ける⇒子が佐藤雅之さん
4.次男:隆司=記本隆司(きもとたかし)⇒父明尾の実家(祖父江)に疎開 母の旧姓記本を名乗る。
5.三男:雅亘=佐藤まさあき⇒父明尾の実家(祖父江)に疎開

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 佐藤まさあきの作品傾向、ジャンルは意外に広い。佐藤まさあき作品をそれなりに読んできた方でも意外に思うくらい広いかもしれません。まあ、アウトサイダー(局外者)、アウトロー(無法者)が主人公である作品の印象が強い佐藤まさあき作品ですので、読者のイメージが固定化されやすいという傾向はあると思います。

 怨念、復讐が作品のバックボーンとして存在する作品が、比較的多いことは間違いない。

 作者自身の生い立ち、境遇を色濃く反映している作品として次の二作が挙げられる。この二作は、佐藤まさあき自選私劇画作品集『夕映えの丘に』2002年4月・青林堂発行(発行者は蟹江幹彦)に収録されている。⇒『青林堂版自選作品集(2002)』。この二作品では、実在する名鉄(名古屋鉄道)の山崎駅( 祖父江町内にある)が作品中に描かれるなど、作者自身の経験を多分に反映させた作品と推測される。

 (1)自伝的な要素が強い作品(1)夕映えの丘に(52ページ)

 基本データ ●初出:週刊少年サンデー(小学館)掲載1970年1月18日・25日号 No.4・No.5 合併号に読み切り作品として掲載  / 参考:週刊少年サンデー 1970年1月18日・25日号 No.4・No.5 合併号に収録されている連載作品は次のとおり(記載抜けの可能性あり。一部読み切りモノもあるかもしれない。調査不足で詳細情報なし) ベンツにくわえタバコのガン★ファイター /川崎のぼる 、くたばれ!!涙くん/石井いさみ、デビルキング/さいとう・たかを 、もーれつア太郎/赤塚不二夫、天才バカボン/赤塚不二夫、誓いの旗/ながやす巧、ターゲット/園田光慶、おろち/楳図かずお、風屋敷/中城けんたろう、でっかでか/小山田つとむ

 ●単行本化など (1)佐藤まさあき自選私劇画作品集『夕映えの丘に』2002年4月・B6判・青林堂発行(発行者は蟹江幹彦)に収録 

 (2)『ほるぷ平和漫画シリーズ20 焼跡のうた』に収録 ほるぷ出版1984年 B6判 収録作は次の①②③の三作。
  ①ほたるの墓 野坂昭如・原作)/吉森みきを・画
  ②白い雲は呼んでいる  永島慎二
  ③夕映えの丘に     佐藤まさあき

 (3)親族による自費出版の小冊子(B6判)、2017年作成。2ページ分を割愛している。

 ※夕映えの丘に・あらすじ 戦争中に祖父江町に疎開した少年が、過酷な運命に向きあいながらも、前向きに力強く生き抜いていく姿を描いた作品で、作者自身の経験を元にフィクションとして再構成された作品であろう。漫画家としての成功を掴んだ男「藤本まさる」は戦争中に大阪より疎開先として身を寄せた愛知県の某市某駅に降り立った。そこは、小学生3年生から、中学校卒業までの多感な時期を過ごした、父の生家があった土地であり、墓参が帰郷の目的であった。藤本は、まっかな夕焼けを眺めながら、遠い昔へ思いを馳せるのだった。

  ホームシックとなった主人公の小学生・藤本まさるの前へ、転校生・西田晃一が現れる。西田も疎開者であり、両親を空襲で失い、さらに西田本人も空襲で右腕を無くしていた。同じ疎開者同士ということもあり、藤本と西田は親密な関係を築きあげる。

 恵まれた土地の上に根を生やさず、不幸にも崖の途中に根を出してしまった松に自分たちの境遇を重ねあわせ、西田は藤本まさるへ語り掛ける。『あの松のように生きていこうではないか!!』と語りかける。

「あの松は、他の松をうらやむこともなく、自分の運命をのろうでもなく、その不運にみごとに打ち勝って、まっすぐに空に伸びているではないか」セリフをそのまま引用

 二人は無事に中学校を卒業し、藤本まさるは漫画家の夢を叶えるべく大阪へ出る。卒業後も文通を通して、お互いを気遣い励ましあう二人。数年後、漫画家デビューを果たした藤本であったが、西田は自ら命を絶ってしまっていた。

 ※夕映えの丘に/解題めいたモノ  作中、藤本まさるが処女作として描き上げる作品のタイトルは『最後の流星投げ』であるが、この作品タイトルは、まさに佐藤まさあきのデビュー作のタイトルである。このことからも、事実なり作者の考え方感じ方が、作品に多分に盛り込まれていると言ってよいかと思います。ですが、西田が不幸な境遇の比喩として用いた『不幸にも崖の途中に根を出してしまった松』は実在しないようです。佐藤まさあきがヒントとした故事なり文献が存在するのかもしれませんが、ハクダイの手には余ります(苦笑)。

主人公藤本まさるは、祖父江(中学校卒業し、祖父江(現在の稲沢市)を離れ、大阪で働きながらマンガ家としてデビューする。の稲沢市)を離れ大阪に
主人公藤本まさるは、中学校を卒業し、祖父江(現在の稲沢市)を離れ、大阪で働きながらマンガ家としてデビューする。藤本のデビュー作は『最後の流星投げ』。
主人公藤本まさるのデビュー作『最後の流星投げ』。佐藤まさあき氏のデビュー作をそのまま転用しているようである。
主人公藤本まさるのデビュー作『最後の流星投げ』。佐藤まさあき氏のデビュー作をそのまま転用しているようである。
自分たちの不幸な境遇を、崖に根を生やすしかなかった不運な松の木に重ね合わせ、強く生きようと語りかける西田、そしてそれに呼応する主人公の藤本まさる。
自分たちの不幸な境遇を、崖に根を生やすしかなかった不運な松の木に重ね合わせ、強く生きようと語りかける西田、そしてそれに呼応する主人公の藤本まさる。
ラスト2ページ分。右側は、西田の死を知り悲しみにくれる藤本(回想シーンの最終部分)。最終ページ(左側)は、帰郷した主人公の現在へと時間軸が戻りエンディングとなる。
ラスト2ページ分。右側は、西田の死を知り悲しみにくれる藤本(回想シーンの最終部分)。最終ページ(左側)は、帰郷した主人公の現在へと時間軸が戻りエンディングとなる。

自伝的な要素が強い作品(2)『墓標』(59ページ) 

 基本データ 初出については、『青林堂版自選作品集(2002)』には『s36「ハイ・スピード」三洋社』と記載があります。また、佐藤まさあき著『劇画の星を目指して』の作品リストにも、1961年作品とあります。ですが、これらは誤りのようです。手持ちのオリジナル掲載誌(貸本として出版)では、作品扉部分には1962.11と手書きによる記載があり、1962年(昭和37年)12月〜1963年(昭和38年1月)にかけて刊行とするのが、正しいように推測します。三洋社ハイスピードNo.4(4号)に掲載。奥付には、発行日のデータは無いが、三洋社の発行人として長井勝一の名がある。長井勝一氏は、青林堂ガロの編集長として広く知られている。

左ページ:ハイスピードNo.4の表紙。表紙の画は佐藤まさあきによるもの(その旨記載あり)。右ページ:目次(内容手引とある)部分。カット画は辰巳ヨシヒロ。

 ※墓標・あらすじ 人気映画俳優として活躍する芦村健史は、母の七回忌(法事)のために電車に乗って帰郷する途にあった。叔父よりの七回忌を営みたい旨の葉書を貰っていたのだった。しかし、芦村健史本人は叔父を憎んでいた。父が電気会社を経営しており裕福に育った芦村であったが、自宅の火事により父は帰らぬ人となり、芦村一家は財産を失ってしまった。母と十歳の健史は叔父の家に居候することになるが、父に大きな世話を受けていたにもかかわらず叔父は健史母子を冷遇し、都会育ちな母は過酷な農作業に適応できず、過労によって亡くなってしまったのだった。健史には、村の人間によって疎外され、いじめられ、そして身内の叔父にも冷遇されたという苦しみと悲しみの思い出しか残っていなかった。

 山崎駅に降り立った健史を、ばんざい斉唱と歓迎の幟で出迎える村人たち。だが、どこか他人事のように、ばんざい斉唱を素直に喜べない健史であった。中学卒業と同時に村を飛び出て東京へ出た健史は、苦労の末に独力で映画スターとしての成功を掴んだのだった。

 法要の後、住職に寺への寄進(寄付)を提案される健史は、『この村を愛している しかし、村の人は愛していない』と言い放ち、寄進を断る。

 養鶏のために資金が必要であると叔父は健史に借金を申し出るが、『土下座してくれたら、くれてやってもイイ』と強気に出ると、叔父は嬉々として土下座するのであった。母の墓前で『あの憎い叔父を土下座させてやりましたよ、復讐しましたよ』と健史は言い放つ。だが、『成功を喜んでくれるのはお母さんだけだ、どうして死んでしまったのか』と泣き崩れるのだった。

放られた紙幣を嬉々として拾う叔父。蔑んだように叔父をみる芦村健司。
放られた紙幣を嬉々として拾う叔父。蔑んだように叔父をみる芦村健司。
ラストシーン。母の墓前で、悲しみに暮れる芦村。
ラストシーン。母の墓前で、悲しみに暮れる芦村。

※墓標/解題めいたモノ  映画俳優として成功する主人公芦村健司の造形には、作者自身の姿が大きく投影されていると想像するのは、それほど不自然では無いと思う。夕映えの丘の主人公は、成功した漫画家という設定で、自伝的なスタイル・体裁を取っているが、こちらは映画俳優であり、自伝的なスタイル・体裁とはなっていない。佐藤まさあき自身、自身が世間的に成功した漫画家であるとは、思っていなかったという事かもしれません(描かれた当時は)。閉鎖的な村社会と叔父に対するネガティブな感情が作品を支配しており、夕映えの丘に描かれた戦争の悲惨な体験については一切触れられていない。

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『夕映えの丘に』&『墓標』でモデルとされている建物など

 濃尾平野内の周縁部に位置するという形容が適切かどうかは、幾分疑問が残りますが、ハクダイの地形感覚でいえば、案内して頂いた祖父江町は、やはり『平野部』という印象ですね。自分の住んでいる所と、どうしても比較してしまいます。北側に位置する岐阜県までもう少しで、(険しい山々の詳細な位置関係は分かりませんが)、広い平野も終わりがあるんだ、あの高い山、そして山の向こうにはどんな人が住んでいるのか?という好奇心ないしは恐怖心を引き起こすには十分な地形かもしれません。自分の体験からの類推になってしまいがちで、農村といえば、見通しの悪い山間部を勝手にイメージしがちなのですが、『夕映えの丘に』で描かれている土地(世界)も、実際、案内してもらった祖父江町(地域)も、見通しの良い平地部ですね。

 ●2019年の山崎駅の様子 4月29日に撮影した名鉄の山崎駅の写真が次の三枚です。

次は、『夕映えの丘に』で描かれた山崎駅です

佐藤まさあき関連2019GW用手持ち資料 (14)_00001
『夕映えの丘に』の冒頭部分。写真は佐藤氏の甥である佐藤雅之さんによる復刻版小冊子。右側にプロフィールがある。作品冒頭部分の1ページ目、主人公の漫画家が山崎駅に降り立つシーンである。

そして、次は『墓標』にて描かれた山崎駅になります。

映画俳優として成功した芦村健司の帰郷シーン
映画俳優として成功した芦村健司の帰郷シーン

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※祖父江の地を巡ってみて

半鐘付きの火の見櫓(ひのみやぐら)のようです。火の見櫓としては背の低い部類になるかと思います。平地部が続くので、この高さでも十分事足りるという事でしょうか?祠(ほこら)らしきモノ、石碑のようなモノがあったりと、歴史を感じさせる場所です。無知無学無教養なハクダイの手には余ります(全く手に負えない・汗)。

 下は『夕映えの丘に』より。案内してして下さった、甥の佐藤雅之さんによると、右下のコマの部分が火の見櫓のある場所に相当するようです

佐藤まさあき手持ち資料(夕映えの丘に)櫓_-Com

下の写真は、ぎんなん畑とネギ畑。祖父江の地は、ぎんなん・銀杏の名産地として有名とのことです

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資料:地元でもよく知られた存在である佐藤まさあき

 稲沢市の市制60周年記念事業として平成30年(2018年)に開催された『稲沢・尾張 名家の墨蹟展』で佐藤まさあきが取り上げられています。下記はA4判横サイズの図録。左側が表紙で右側が目次部分。目次の26番に佐藤まさあきの名がある。

26.佐藤まさあき掲載ページ。影男のサイン入り色紙の写真が掲載されている。
26.佐藤まさあき掲載ページ。影男のサイン入り色紙の写真が掲載されている。

 

以上2019.7.4記す

(2)京都の山森ススム先生宅訪問 (3)大阪でのマンガ収集仲間との会合にはついては後日アップします。現在作成中です。

令和になって・・・

 ハクダイのカカク管理人ハクダイです。早いもので2019年も5月下旬。平成が終わってもうじき一カ月、そして令和元年のひと月目が終わろうとしています。

 元号というシステムが良いのか悪いのか?合理的なのか不合理なのか?素晴らしいのか?そうで無いのか?地球上に住む人それぞれ、感じるところ思うところ、考えるところはそれぞれでしょう。

しかし、当サイトは「昭和」と冠しておりまして、元号システムに対して何かしらの見識、意見を持った上でのサイト運営、とみなすのが妥当なところでしょう。

 結局、これは『あるメディア』の位置づけや存在意義は、その時代や社会性と切り離せないという問題に行き当たると思います。『一枚しか無い大きな絵』、『複製された紙に印刷された図像』、『液晶パネル上に映し出された絵』、同じ絵ではありますが、その時点での技術の進歩と共にあるということでしょう。

 200数頁のマンガ単行本の持つ経済的な価値は、50年前の昭和55年頃と令和元年では、全く違うでしょう。情報自体の質も量も変わっているだけで、読み手の意識や読むという行為自体も当然変わっているわけで、それは作り手側や流通の仕組み自体にも当てはまることでしょう。

 

 2019.5.26記す。