カテゴリー別アーカイブ: ハクダイのブログ

山本まさはる 探偵屋ナンバーワンシリーズ ブラックジョオ (ハクダイの蔵書棚から)

先日、ヤフオクで山本まさはるの著作が一括で出品されていたようで(お買い得だと思うなあ、個人的には)久しぶりに(30年ぶりくらい?)に本棚から取り出してみました。すっかり忘れ去られた名前だろうか?漫画家山本まさはるの名は? ウイキペディアによる情報をまとめると、本名:山本正晴、大阪府出身で1941年生まれ。夫人は漫画家の矢代まさこ、姉は漫画家の新城さちこ。1958年に『魔像3号』(日の丸文庫)収録の「遺恨一太刀」にてデビュー。

 検索してみると貸本マンガ時代の作品、中村くんシリーズ、ガン太郎日記 が電子書籍で読めるようです。

Neowing 山本まさはるのページ←リンク先です(クリック)

電子書籍の販売ページでの山本まさはるの紹介文を引用すると、以下赤字部分  多くのマンガ家に多大な影響を与えた貸本マンガの巨星・山本まさはる。その貴重な作品群が50年の時を経て、電子書籍の世界に奇跡の復活を遂げる!!

 ゴールデンボーイという作品は、山本まさはる単独名義のモノ(貸本マンガ時代)と本宮ひろし氏との共作名義のモノ(雑誌連載)、と二つの作品があるようですし、山本氏は本宮氏を支える役回りとなったという話もあるのですが、残念ながら詳しい事は分かりません。

 

心優しき探偵屋が、ブラックジョオという謎の男に絡む殺人事件の謎に挑む本作品、山本まさはるというマンガ家の持ち味が十分に発揮されていると思います。悪人が悪人らしく見えないというか、悪人として造形されているのだけれども、人の良さが見え隠れしている、そんな感じです。昭和の時代を味わうには山本まさはる作品はカッコウの教材かもしれませんね。

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2021.3.18記す。

 

 

2月9日は手塚治虫忌ですが・・・辰巳ヨシヒロマガジンヤフオク出品

本日2月9日は手塚治虫先生の命日、いわゆる手塚治虫忌になります。手塚先生の生まれ〜逝去は、1928年〈昭和3年〉11月3日 – 1989年〈平成元年〉2月9日。

ですが、ハクダイごときが今更語ることはありません。まあ、手塚さんのフォロワーでもあった辰巳ヨシヒロ関係の話題ですがお付き合いください。

現在、ヤフーオークションに辰巳ヨシヒロマガジンの第一号と四号が出ています。当方は三号と七号の二冊を所有して、この二冊も落札といきたいのですが、諸事情で入札すらできません(残念)。ちなみにオークション開始価格(=即決価格の設定は、一号が1万円、四号が1万1千円。

この辰巳ヨシヒロマガジンは、昭和34(1959)年の12月頃から刊行されたようです(発行元は金園社@東京都台東区

劇画工房を脱退した後、短期間ですが『独立劇画プロ』と作品扉に付していた事が確認できる(No.3収録の殺し屋の歌)など、辰巳さんの仕事ぶりを確認する上では興味深い個人編集短編誌です。

個人的には松本正彦氏の寄稿作品がなかなかに興味深く、No.3号収録のコマ漫画風作品、未見ですがNo.4号収録の「いらっしゃい激餓亭です」と、初期の貸本マンガ界にあって、独自の存在感を放っていた松本正彦のユニークさを改めて実感します。

2021.2.9記す

まんだらけZENBU101号 貸本短編誌オッスの全容

貸本短編誌オッス(日の丸文庫)と聞いて、ああアレね、とピンと来る人はだんだん減りつつあるように思います。ゼンブ101号の巻末小特集(とは書いてはいませんが)として、約20ページ分を全カラーで、一冊あたり5ページ程度を写真で紹介しており、非常に資料性の高いモノとなっております。個人的には大変嬉しいのですが、この充実度を実感出来る人は少ないかもしれないなあ(残念ながら)。

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しかし、いま現在の視点からすれば、本家の影よりも作家陣は豪勢というか、マニア的な関心としてはポイント高しではなかろうか?

基本的なデータを抜粋しますと、昭和36年(1961)、月刊ペースで刊行。全67集(号)で増刊扱いは無い模様。感動やユーモア、明朗路線を前面に押し出した青春短編誌の草分け。

ハクダイは全体の十分の一程度しか、「そこそこ読んだ」レベルのモノは無いですかねえ。

水島新司、山上たつひこ、山松ゆうきち、本宮ひろし、とその後大活躍される方々の初期作品が読めるという点が一番のポイントでしょう。沼田清、みやはら啓一、山本まさはる、という、劇画タッチの希薄な作家陣を多く擁した点が興味深いですね。個人的には、この画風の流れが徐々に細くなっていったのが残念ですね。

67号全ての掲載作品リストが収録されていて資料性高し。

2021.2.3記す

 

 

陽だまりの樹を読む

20世紀の日本で活躍した、漫画というフィールドを創作の場としたクリエーター人を一名だけ挙げよ、と問われたら、個人的には「手塚治虫」の名を挙げます。ですが、ハクダイ自身は正直なところ手塚治虫の熱心な読者では無いのです(残念ですが)。駄文覚悟で以下、率直な思いを綴ってみます。

今更ながら(ほんとうに)この作品を読んでみました。ワタシのような者がこのような場所であれこれ書く(語る)なんて恐れ入りますが(涙)医学モノ、幕末モノとして傑作であることは間違いないです。

舞台、アニメ、テレビドラマへと展開されていることが証明しているように、テーマ、物語の骨格は大変に優れていると思います。昨年2020年にも舞台化があったとは全く知りませんでした(コロナ禍で微妙な結果となったようですが)。

 ですが、単行本11冊を通読してみると、どうにもマンガ作品(呼び方はコミックでも劇画でもいいのですが)としては違和感があるのでした。初出(雑誌連載 小学館ビッグコミック 1981〜1986年)よりさかのぼること約20年の手塚作品である新選組(初出は集英社少年ブック1963年)の方が、主人公の一途さが伝わってきて作品に没頭できますねえ(あくまでも個人の感想ですが)。

史実を踏まえた上でのフィクションであることが大前提なのですが、マンガ的な語り口(大きくいって表現)があまりに強いと、真実味自体が薄まって行ってしまうように思います。

送り手である手塚先生と受け手〜漫画の読み手側(読者)の「マンガ・リテラシー」の変化にズレのようなモノがあったのかなあ?と考えるのは穿ちすぎというものかもしれませんが。まあ、令和になった現行と昭和末期では、「マンガ・リテラシー」が大きく変わっている、という事なのかもしれませんが。

幕末という変革期における『種痘の普及』、『従来の漢方(医)と新興である蘭学(医)との対立』を分かり易く描き出しており、医学マンガとしては外せない作品ですね。

 映像化やドラマ化となると、マンガ的な大げさなドタバタ表現が、かなり薄くなる傾向にあるかと思いますが、重厚な活字作品(まあ、小説ですね)に伍するような、別物の「マンガ:陽だまりの樹」があったら面白いかもしれませんね。(当然の事叶わないですが)

 2021.1.31記す。(2020年暮れ〜2021年1月:amazon kindle電子書籍で読む)

 

2020年10月 愛知県&大阪への遠征記録 

2020年10月 愛知県&大阪への遠征記録 

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●前段 2020年4月に親戚(Tおじ)の逝去連絡を頂いた。2009年に亡くなった母の従弟にあたる方で、2018年11月には、その二ケ月まえに亡くなった亡父の墓参にもわざわざ遠方から来てくれた。実際に亡くなったのは3月でコロナ禍のため家族だけで葬式は済ませたとのこと。とりあえず香典はすぐ送ったモノの、墓参りの機会をうかがっていました。遠方に住むということもあり数年に一度しかお会いする機会が無い付き合いではあったが、自分の中では大きな存在だった方です。

●前段2 コロナ禍はいっこうに収束の気配はないですが、勤務している職場の設備稼働の状況なども考えると10月が比較的平日に休みを取りやすい状況であり、Tおじの墓参〜御家族との挨拶のため愛知県豊田市への遠征を計画しました。ハクダイの住む福島県いわき市よりは、決して近くない距離なので(近いと感じる人もいるんでしょうけど)、この機会を利用して名古屋と大阪でのマンガ愛好家(〜収集家)の方々との2回のオフ会を計画しました。

●基本工程 ・1日目 福島県いわき市発⇒愛知県某所で御家族挨拶+墓参⇒名古屋駅付近でオフ会⇒名古屋宿泊

 ・2日目 名古屋から大阪へ移動⇒大阪プチ観光⇒まんだらけグランドカオスで集合後オフ会⇒大阪宿泊

・3日目 大阪から東京へ移動⇒東京在住の親戚(故Tおじの姉)宅へ挨拶⇒福島県いわき市へ戻る

●1日目 朝5:20に目覚ましアラームセットで起き出します。前日も5:20アラームセットで肩と腰の治療に行っていたので二日続けての早起きです。というか、この日に合わせて体を慣らす意味で前日の仕事出勤前の肩と腰の治療通院という予定を入れた感じです。ここしばらくは週2〜3回のペースで治療に通っています。旅行の準備というのが苦手ですねえ。大事かそうでないものの区分け、持ち物だったり、計画なり、旅先で必要な情報収集などなど、すべてにおいて精度が悪いように思います。今回は、木曜日の夜(仕事終わり帰宅後)までに95%くらいは準備できていたので、そんなに慌てませんでした。

 いわき市内の某駅より特急スーパーひたちに乗ります。東京駅までの2〜3時間は、自分の座った車両内に限ってですが、乗車率は1割程度だったかもしれません。基本的にガラガラだったわけですが、無事に定刻通りに愛知県豊田市のW駅に入れるかどうか?が気になっていることもあり、静かでいいなあという感じ。観光気分の場合、寂しい感じだなあ・・なのでしょうけど。

 楽天koboでこの旅行のために2冊ほど電子書籍を購入していたので、基本この2冊を気まぐれに読み進めているうちに東京駅に到着。乗り継ぎ時間が15分程度あるのですが、方向音痴なので、迷子になるやもしれぬ分けでして。あり得ないと?と思う人もいるかもですが、東京駅構内で迷子?情けないですね。

 無事、東京駅での乗り換えは終了して新幹線に乗り込みました。東海道新幹線に一番最後に乗ったのはいつだったか?多分昨年の5月、京都⇒東京だったような記憶が。ここ10年で考えても数度の乗車機会なので、今更ながら車両車幅が広いなあ・・と。30才くらにカップルが「ひろ〜い」と微笑ましく声を上げておりましたが、全くワタシも同じ気持ちでした(苦笑)。この10年間ほど、年に1回秋田県秋田市へ秋田新幹線を利用して行く(勤務先の仕事の関係で)のですが、秋田新幹線には申し訳ないですが、

 名古屋駅に到着して名鉄(名古屋鉄道)に乗り換えます。この名鉄の駅名が全く馴染みが無いので。事前に下調べを十分にしたとはいえ緊張します。名鉄本線とは別の路線に乗り換える必要がありり、上りと下りさえ間違えなければ、全く問題の無いローカルな土地に住む身としては、駅を通り過ぎる快速なやら準急やら路線の乗り換えとかがある都会の電車事情は、非常に悩ましいですね(苦笑)。頻度が少ないせいもありますが、この歳になってもいくつになっても変わりません。とは言うものの、今回は亡くなったTおじの奥様Mおばより、携帯メールにて最寄り駅まで迎えに行きますとの連絡を頂いており、名鉄に乗った時点より数度のメール連絡したこともあり、無事にW駅に13時10分頃に到着できました。まあ、途上、途中の駅でボーっと待つという、都会の電車乗れない人あるあるな事もあったのですが(苦笑)。

 W駅改札直ぐのところでMおばの姿を見つけた時はホットしました。トラブルで遅れたりしたら申し訳ないので。はとこ(二従妹)のMさんの運転で御宅まで向かいます。濃尾平野に位置するので、視界に山が入らず解放感があります。自分の住むいわき市では、こういう景色の場所は見つけにくいなあ・・・などと考えていると、御宅に着きました。けっこう小さ目の道〜近道的な経路だったかもしれません。まあ、方向音痴なモノで東西南北何がなんだかわからないうちに着いてしまうわけですが、方向感覚が鋭い人だと、東へ走ってるな〜ここで右かあ(東へ曲がった)とか、出発点であるW駅からのおおよその位置が把握できているものなのかもしれませんね。

 この御宅に伺うのは、何度目でしょうか?4度目くらいでしょうか?一番最初に伺ったのは震災(2011年)前だったでしょうか?情け無いですが、はっきりしない。2階建てですが天井が高くで解放感があって好きですね(勝手な事言ってますが)。

早速仏壇に焼香させて頂きます。5月に訃報を聞いてとりあえず香典と供物として地元の日本酒などを送らせて頂いたのですが、その日本酒が仏前に備えてあって少し面映ゆいというかなんというか(汗)。はとこ(二従妹)のMさんの手作りの真ん丸なメンチをおかずに昼食をごちそうになります。Mさんは、私の亡母(2009年没)の使っていたミシンを未だに使っていてくれているととのことでした(ありがたいです)

 その後、亡くなったTおじの蔵書、千冊〜二千冊以上あるでしょう、Tおじの父の代のからのものもあるようで、古いモノも散見されます。Mおばは当然ながら、いつかは処分しなければ、と思いつつも、まだまだそんな気にならないようです。当たり前ですが。

 Tおじの大学の卒業論文を発見できたのが嬉しかったですね。昭和40年代前後、当然手書きで、綴じ込み用ファイルが新しめでしたが、レポート自体は当時のままで、そっくり残っていました。

 もっとゆっくりして居たかったですが、そうもいかず、はとこのKさんの運転するクルマでMおばと三人で菩提寺まで行き墓参。雨が弱いながら降り始めていました。お寺の門の前でスマフォで記念撮影(Mさんとの写真を撮り忘れたのが残念)。最寄り駅まで送ってもらいました(16時くらいでした)。

 名古屋駅に到着したのが16時40分くらいで、そこから直ぐにweb予約してあるホテルへ向かったのですが、下調べの精度が悪いのでしょう(汗)、同じ会社のホテルだけど、二つあってここでは無い〜改めて教えられた建物へ向かったモノのなかなか辿り着けない、と20分くらいロスをしてしまいました(旅行先では、しょっちゅうこういうトラブルがあるのです、残念なことに)

 18時30分ころやっとホテルの部屋に到着。名古屋プチオフ会(二人だけ)を行う予定のRKさんとLINEで最終やり取りをして、しばしホテルでまったりします。

 18時20分頃、ホテルロビーに居るRKさんと合流。実は今年の3月に東北出張のRKさんといわき市某所(自宅近く)で会う予定があったのですが、コロナ禍でRKさんの出張自体が無くなる、という出来事があり、江戸のかたきを長崎で討つ、ですかねえ?(ちょっと違う?)RKさんが何を食べますか?的に予め骨を折ってくれておりまして、名古屋らしいモノをタンマリ食べるのだあ・・・。

 考えてみたら名古屋らしいモノって今まで、そんなに食べていなかったことに気づきしばし呆然自失(大げさです)。二軒行く予定の一軒目の居酒屋さんで手羽先などをバクバクと沢山食べました。味が濃いのですね・・・。味噌が赤みそなのですね。ドリンクカウンターまでドリンクを取りに行くのがなかなか楽しかったり。フロア担当の店員さんのキビキビした動きが気持ちよかったり。

RKさんの最近の収集ターゲット、小中学生のころ読んでいたマンガ雑誌は?とか話題は尽きません。

 アルコールは最近めっきり飲む量が減ってしまっていまして(たくさん飲むと二日酔いがひどい)、抑え気味なのが残念なところです。

 さて二軒目のお店へ向かいます。煮込みうどんのお店の予定だったのですが、結構歩きました。そして、結局お店はお休みでした。でも、コロナ禍で人通りの少ない名古屋の市街地をRKさんと二人で歩き回った夜はとても素敵でした。忘れられない夜です。煮込みうどんは諦めて、名古屋ラーメンと大書きしてあるお店で食べた「特製名古屋コーチン塩らーめん」が美味かった(やっぱりワタシ的には味が濃いですが)

RKさんにホテルまで同道してもらいホテル前で別れたのが22時前後。RKさんも最近ハマっているという鬼滅の刃がテレビでちょうどかかっていまして、30分くらい見入ってしまいました。入浴前だったのか入浴後だったのか?覚えてないですが、とにかく23時30分頃には寝入ったようです。

 ●2日目 旅行先での土曜日宿泊で日曜日朝まで何の気づかいも不要なのですが、興奮したんでしょうかねえ?普段から数時間おきに必ず目が覚めてしまう浅い眠り体質は、この日も遺憾なく発揮?され、4時ころから、満足に眠れませんでした。トホホなタチですねえ(涙)。

 朝食付きでのプランでして、6時半の開始直後に食堂へ向かったのですが、意外にも多くの方が朝食中でした。食欲はあったのですが、前夜の食べ過ぎを考慮して名古屋のホテルでの朝食記念?的に最低限の食事としました。きしめんと赤だしの味噌汁が中心のあっさりしたモノでしたが満足満足。

JR名古屋駅より大阪へ向かうのですが、普通列車(いわゆる各駅停車)で行くと決めていました。みどりの窓口で切符を購入するときの駅員さんの態度から、結構少数派?みたいな雰囲気を感じたのでした(苦笑)。

JR東海とJR西日本を米原駅を境に乗り継ぐのですが、鉄オタ気質が、わずかですが在るんでしょうねえ?退屈しないのです。スマフォで電子書籍読書。ボックス席の他のお客さんを観察、会話の内容に耳を澄ます、初めて見る駅舎・・・・。新幹線、特急列車、高速バス、他の選択肢では得られないモノが確実にあります。愛知県から大阪までの普通列車での移動は2019年5月のGW続いて2度目かと思いますが(ちょっと今記憶に自信ないです)、実は何気にぜいたくです(っと自分では思っているだけ?)まあ、実際問題、名古屋大阪各停移動と誰かに話してみても、残念ですね、タイクツですね、お金ないんですか?貧乏くさいですね?良くて物好きですね的なリアクションしか返って来た試しは殆どありません(苦笑)。へえ、面白そうですね?とか、分かってらっしゃる、的な、共感できますねえ的なリアクションは滅多に得られません(涙)。

7時半から10時10分くらいまでの約2時間40分の工程でしたが、無事大阪駅に到着。大阪メトロの一日乗車券を購入して、大阪観光・・・。なんですが、下調べが不十分で(またですか?)あまり効率よくは観光できませんでした(苦笑)。一日乗車券600円の裏面に履歴が印字されていまして、参考までに書いておきます。難波1103〜心斎橋13:12⇒動物13:22〜動物園14:55⇒心斎橋15:07〜心斎橋20:20⇒梅田20:32 正直前夜の睡眠不足と準備不足(地理不案内)であまり詳しく覚えていないです。

 織田作之助ゆかりの地界隈を散策、そば屋さんでカツ丼(重)を食べる、通天閣のたもとにある坂田三吉の記念碑の記念撮影、通天閣に上り大阪の街を見渡す。場外馬券場?WInとかいうのでしょうか?競馬の雰囲気を感じたり、オニツカタイガーのショップで靴を眺めたり・・・・。

 ざっとこんな感じでした。コロナ禍のせいでしょう、人の往来が少ないように感じましたが、まだ増しというか、回復傾向にある感じだったかもしれません。

 マンガ収集家の方々との待ち合わせ場所であるまんだらけグランドカオスに着いたのが15時20分くらいだったでしょうか?来た事ある場所なのですが、スマフォを頼らねばならないのが情けないですね。待ち合わせ時刻の16時まで、近くにあるオシャレなカフェでコーヒーを飲んで一息つきます。馴染み客と思われるヤングの方々のお話に耳を傾けます(上品とは言えない事かもしれませんが、こういうの結構嫌いじゃない(苦笑)。

 16時にオフ会参加者の方々と合流して、まんだらけ店内を見て回ります。まあ、最近は収集の方は、あまり気合が入らず、情報収集〜見て楽しむという感じですが。

 オフ会は居酒屋ですね(多分)。そんなに出歩く機会が多くない自分が言っても全く説得力がないのですが、大阪ならではの雰囲気が味わえますね。それでかなりお安いような気がするんですけど(苦笑)。から揚げが美味かったなあ。お店自体が自己主張してますねえ、大阪の居酒屋さんは(苦笑)。話題はあっちこっちへ取っ散らかった感じですね。職場も職業も年齢も違う人たちと同じ趣味「マンガ収集〜マンガ好き」という共通項で集まれるなんてなんて、なんて素敵で楽しいことなんでしょう。

 蔵書の置き場所、終活へ向けての処分、関東の収集家たちのウワサ(?)・・・家族の事・・・。なんか収拾つかない気がしないでもない。ギャラリーをオープンさせるというイラストレーターでもあるID女史が語る、知り合った本屋の店主が某著名マンガ家のアシスタント経験者だった、が受けました。

居酒屋を2時間くらいで上がって、某有名コーヒーチェーンででプチ二次会。BS-TBSでみた番組「昭和の劇画王」で大いに盛り上がった(苦笑)。宿泊先のホテルに無事たどり着けるか?実は心配で心配で仕方ないのでした。

楽しい時間はあっという間でした(涙)。名残惜しいのですが、阪急電車で十三駅へ向かいます。車両がレトロな感じでいいですね。幸いにも迷うことなくホテルに到着。入浴後すぐ就寝でした。

●3日目 今回の遠征の最終日三日目の朝は大阪十三駅界隈のホテルで迎えました。伊丹空港から羽田空港への空路での帰途ということで、時間に余裕を持ってホテルを出ます。なんですが、十三駅までの道を間違える(駅から遠くなる方向)というプチアクシデントがありました(やっぱり。トホホです)。

 飛行機に実際に乗っている時間は50分くらいですが、早めに空港に入って土産モノ店であれこれ覗いたり、空港の雰囲気を味わったり(?)、新幹線で移動した方が時間的には早かったでしょう(多分)。

都内に住む母の従妹のSおば(墓参に伺ったTおじの姉に)の住む豊島区某駅に降り立ったのは、13時過ぎ。羽田空港についてからの電車移動は事前の下調べを殆ど行っていなかったのですが、大きなトラブル無しでした。Sおばの所で遅い遅い朝食兼昼食をごちそうになりまして、15時頃いとまを告げました。

その後は上野駅より常磐線を各駅停車(普通列車)で乗り継いで、20時頃に無事帰宅となったのでした。

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