カテゴリー別アーカイブ: ハクダイのブログ

漫画漫画時代劇vol.19 パチンコ実戦ギガMAX 10月号増刊 (2019年、㈱ガイドワークス)

ここ数年は、マンガ雑誌自体に元気が無い?というか、マンガ雑誌を読むという習慣自体が、

新作なのか旧作品の採録なのかに関しての記述が全く無いようです(見落としている可能性はありますが)、奥付が無い場合が多かった貸本マンガや、あまり有名でない出版社から出ていた昭和時代の成人漫画誌みたいなかんじですが、ありとあらゆる情報が入手しやすくなった令和の時代にあっての、このスタンス、ある種の清々しさ、潔ささえ感じますね。

 時代劇画ファンのお便りひろば、STATIONと題された、読者の投稿欄(1ページ)が興味深いです。9名の方のおたより〜感想文が掲載されているのですが、投稿者の年齢層がとても高いです。64歳が一番若くて最高齢は89歳。60代が5名で、9人の平均年齢は、69.9歳。皆さん、貸本マンガの読者だった?なんていう推測もあながちデタラメでは無いかもしれませんね(苦笑)。編集のスタンスが、幾分ゲリラ的?(令和の時代としては?)のような気がしておりまして(ディスっているわけでは無いです)貸本マンガが持っていた雰囲気にどことなく通じるようにも思います。

 銭形平次捕物控  漫画/木村直巳、原作/野村胡堂:質感としては近年かなあ?

必殺仕置長屋一筆啓上編 漫画/木村和夫 原作/山田誠二:これも質感としては近年かなあ?

おんなの仕置人お銀の舞:ケン月影 80年代かもしれません。

狂刃 とみ新蔵:本格です。

丹下左膳 漫画:神田たけ志 原作:林不忘 新しいのか古いのか?判断できません。神田さんの後期?白っぽい感じですが、好みが分かれそうです。

蘭医はやぶさ 甲良幹二郎:これは、そこそこ古いか?さいとうプロ作品では無さそうです。

女形気三郎 ジョージ秋山:艶めかしいからスゴイ。

闇の風 石ノ森章太郎 :ラインナップ中、一番マンガ漫画した作品でしょう。

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2020.1.27記す

漫画読本vol.12池上遼一本 を読む

池上遼一さんの、そんなに熱心な読者では無いのですが、なんだかんだと40年くらいのプチ・池上遼一ファンかもしれません。貸本マンガにて何作か作品があるので、貸本マンガ時代から活動している作家さんと見做すのは、あまり適切では無いのかもしれませんが、昭和30年代からキャリアがあるマンガ家さんが、とんと少なくなって来ているので(当たり前ですが)近年の若い読み手さんからすれば、さいとう・たかをさんとそう変わらない年代のレジェンド級のマンガ家になるのかもしれませんね。

 令和の時代にあって、「劇画」という言葉を象徴、代表する作家は、さいとう・たかをさんと池上遼一さん、の「双璧」と言えるでしょう。平田弘史さんは、良くも悪くも一般的な知名度の点では、このお二方に及ばないでしょう。

 刀鍛冶の流れを組む血筋のようですが(収録の水木しげる先生の池上遼一伝によればお父様が刀鍛冶との事です)、納得できますね。視覚メディアと文字のメディアの中間に位置するマンガという表現で成功された池上先生の、穏やかかつ思索的行為に満ちた表情に惹かれます。二十代の頃の写真、現在の七十代の写真、50年の歳月が直結しているというか、自分のような凡人には伺い知れない時間が流れているように思います。

漫画家本池上遼一本

 

2019.12.22記す。

 

まんだらけZENBU96号 貸本「街」の特集が凄い

毎度毎度見るだけになっている、まんだらけゼンブ、先週届いた96号も、やっぱり見るだけというか、物欲しそうに眺めてる・・ですね、苦笑。

影と街、古本市場では圧倒的に影の方が入手しやすいですが、街の方が作家がバラエティーに富んでいる印象がありますね(個人の感覚ですが)。最終号は63号と影の半分程度と短命だったかと思いますが、街を足掛かりにしたクリエイターが数多く出ておりまして、マニア心を刺激する存在かと思います。63号でも十分長命ではありますが・・・。

96号は、街1号から20号まを取り上げています。刊行時期は1957〜1958年(昭和32〜33)に相当するのですが、劇画工房旗揚げが1959年(昭和34)1月であることを考えれば、この二年間こそが、マンガ表現の変化(進化)を考える上で、極めて重要な時期なのかもしれません。辰巳さん、松本さんなどが、既存の漫画表現からの脱却を図り実験的な取り組みを数多く行ったのがこの時期なのかと思います。

しかし、二冊くらいでいいから入手したいなあ・・苦笑

まんだらけZENBU96

2019.12.18記す

漫画家本vol.7 さいとう・たかを本

2018年9月17日初版第一刷発行、小学館少年サンデースペシャル。記憶に間違いが無ければ、昨年2018年のうちに購入していたのですが、結局読み終えたのは今年の10月頃。

『さいとう・たかを作品』、または『さいとう・プロ』作品のクオリティの高さを改めて実感させられました。人気がそんなに出なくて短命に終わった作品も少なくないのだろうけど、とにかく多作というか、複数の連載を抱えるのが当たり前の時代、マンガ市場の拡大とともに歩んで来たマンガ家世代、ヒット作、話題作、著名作品の多さに今さらながら感心します。

証言、鼎談として辰巳ヨシヒロ、石川フミヤス、南波健二、甲良幹二郎、神田たけ志、都合五氏の名前がありますが、さいとう・たかを氏の引き立て役にしかなっていないのですから(少なくても私には、そう感じられる)、恐るべしといったところでしょうか?

なのですが、代表作や代表的なキャラクターの性質をさいとう・たかを氏個人に帰属なり収束させようというスタンスは適切なのか?と疑問に感じます。良い意味でも悪い意味でも、読者至上こそがさいとう・たかを氏の作品制作のスタンスであると理解しているので。

集団制作と個人制作、読者の求める制作の在り方とは?クリエイターとは?いろんな事を考えるのでした。まあ、そんな事はどうでもよくなりますね、巻頭のカラーページの素晴らしさの前には。

さいとう・たかを本表紙写真

 2019.12.2記す

「コミックス」のメディア史 山森宙史 青弓社を読む

  久しぶりのブログです。標記本、  副題として「モノとしての戦後マンガとその行方」とあります。

 有意義な読書タイムを持つことができました。マンガ好き、マンガ集めが好きな方へオススメです。個人的に勝手に言い切ってしまいますが、マンガ本を集めるのはどうして面白いのか?という謎に迫った本と言えるでしょう(大げさ?ちょっと違うか?)
 この本、いわゆる学術論文(≒博士論文)をベースとして成立したような側面があるようでして、ハクダイのような無教養な人間が、どこまで理解できたのか?という問題はあるのですが(苦笑)。

 自分の裁量で消費活動ができるようになった小学5,6年生頃から、本屋さん大好き、マンガ本含め本というモノが大好きだった自分のような人間には、興味深い話題ばかりでした。
 とはいえ、”消費者”という者は(一般論として?)、ついこの間の事(数年前?)はコロッと忘れて、だいぶ前から、これが当たり前だった、普通だった、と思っている(思いたがっている)傾向があるモノなので、この本に書かれているような、マンガの単行本、いわゆる新書版のコミックスがいつごろ、誰を読者ターゲットとして生まれ、その後、どのように売られ、読まれて行ったか?なんて事は、どうでもイイこと、だから何?的な事象かもしれませんが(苦笑)。
と言うものの、あしたのジョーを全部読むんだったら、どの判型で読むか?愛蔵?コレクションするならどのシリーズ(判型)にするか?こういったことで悩んだりしたことがある人は少なからず居ると思います。

 1964年生まれで、それなりにマンガ単行本をコレクトし、本屋さんへもそれなりに足を運んで来たワタシ・ハクダイとしては、「ああ、頻繁に立ち読みしたT書店が、まさにこれだな?」とか、今となっては、跡形もなくなってしまった地元書店数件を懐かしく思い出したり。著者は1987年生まれとの事ですが、リアルに経験してきたかのように、文献上の知見だけ(だけは言い過ぎ?)で再構成するのだから、学問というか研究(研究者)はスゴイなあと、ド素人丸出しのワタシ・ハクダイなのでした。

コミックスのメディア史

 書影は青弓社さんより借用。

「コミックス」のメディア史   モノとしての戦後マンガとその行方
山森 宙史(著)四六判  296ページ 並製 定価 2400円+税
ISBN978-4-7872-3460-5 C0036 第一刷 2019年10月23日

2019.11.13記す