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2020年10月 愛知県&大阪への遠征記録 

2020年10月 愛知県&大阪への遠征記録 

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●前段 2020年4月に親戚(Tおじ)の逝去連絡を頂いた。2009年に亡くなった母の従弟にあたる方で、2018年11月には、その二ケ月まえに亡くなった亡父の墓参にもわざわざ遠方から来てくれた。実際に亡くなったのは3月でコロナ禍のため家族だけで葬式は済ませたとのこと。とりあえず香典はすぐ送ったモノの、墓参りの機会をうかがっていました。遠方に住むということもあり数年に一度しかお会いする機会が無い付き合いではあったが、自分の中では大きな存在だった方です。

●前段2 コロナ禍はいっこうに収束の気配はないですが、勤務している職場の設備稼働の状況なども考えると10月が比較的平日に休みを取りやすい状況であり、Tおじの墓参〜御家族との挨拶のため愛知県豊田市への遠征を計画しました。ハクダイの住む福島県いわき市よりは、決して近くない距離なので(近いと感じる人もいるんでしょうけど)、この機会を利用して名古屋と大阪でのマンガ愛好家(〜収集家)の方々との2回のオフ会を計画しました。

●基本工程 ・1日目 福島県いわき市発⇒愛知県某所で御家族挨拶+墓参⇒名古屋駅付近でオフ会⇒名古屋宿泊

 ・2日目 名古屋から大阪へ移動⇒大阪プチ観光⇒まんだらけグランドカオスで集合後オフ会⇒大阪宿泊

・3日目 大阪から東京へ移動⇒東京在住の親戚(故Tおじの姉)宅へ挨拶⇒福島県いわき市へ戻る

●1日目 朝5:20に目覚ましアラームセットで起き出します。前日も5:20アラームセットで肩と腰の治療に行っていたので二日続けての早起きです。というか、この日に合わせて体を慣らす意味で前日の仕事出勤前の肩と腰の治療通院という予定を入れた感じです。ここしばらくは週2〜3回のペースで治療に通っています。旅行の準備というのが苦手ですねえ。大事かそうでないものの区分け、持ち物だったり、計画なり、旅先で必要な情報収集などなど、すべてにおいて精度が悪いように思います。今回は、木曜日の夜(仕事終わり帰宅後)までに95%くらいは準備できていたので、そんなに慌てませんでした。

 いわき市内の某駅より特急スーパーひたちに乗ります。東京駅までの2〜3時間は、自分の座った車両内に限ってですが、乗車率は1割程度だったかもしれません。基本的にガラガラだったわけですが、無事に定刻通りに愛知県豊田市のW駅に入れるかどうか?が気になっていることもあり、静かでいいなあという感じ。観光気分の場合、寂しい感じだなあ・・なのでしょうけど。

 楽天koboでこの旅行のために2冊ほど電子書籍を購入していたので、基本この2冊を気まぐれに読み進めているうちに東京駅に到着。乗り継ぎ時間が15分程度あるのですが、方向音痴なので、迷子になるやもしれぬ分けでして。あり得ないと?と思う人もいるかもですが、東京駅構内で迷子?情けないですね。

 無事、東京駅での乗り換えは終了して新幹線に乗り込みました。東海道新幹線に一番最後に乗ったのはいつだったか?多分昨年の5月、京都⇒東京だったような記憶が。ここ10年で考えても数度の乗車機会なので、今更ながら車両車幅が広いなあ・・と。30才くらにカップルが「ひろ〜い」と微笑ましく声を上げておりましたが、全くワタシも同じ気持ちでした(苦笑)。この10年間ほど、年に1回秋田県秋田市へ秋田新幹線を利用して行く(勤務先の仕事の関係で)のですが、秋田新幹線には申し訳ないですが、

 名古屋駅に到着して名鉄(名古屋鉄道)に乗り換えます。この名鉄の駅名が全く馴染みが無いので。事前に下調べを十分にしたとはいえ緊張します。名鉄本線とは別の路線に乗り換える必要がありり、上りと下りさえ間違えなければ、全く問題の無いローカルな土地に住む身としては、駅を通り過ぎる快速なやら準急やら路線の乗り換えとかがある都会の電車事情は、非常に悩ましいですね(苦笑)。頻度が少ないせいもありますが、この歳になってもいくつになっても変わりません。とは言うものの、今回は亡くなったTおじの奥様Mおばより、携帯メールにて最寄り駅まで迎えに行きますとの連絡を頂いており、名鉄に乗った時点より数度のメール連絡したこともあり、無事にW駅に13時10分頃に到着できました。まあ、途上、途中の駅でボーっと待つという、都会の電車乗れない人あるあるな事もあったのですが(苦笑)。

 W駅改札直ぐのところでMおばの姿を見つけた時はホットしました。トラブルで遅れたりしたら申し訳ないので。はとこ(二従妹)のMさんの運転で御宅まで向かいます。濃尾平野に位置するので、視界に山が入らず解放感があります。自分の住むいわき市では、こういう景色の場所は見つけにくいなあ・・・などと考えていると、御宅に着きました。けっこう小さ目の道〜近道的な経路だったかもしれません。まあ、方向音痴なモノで東西南北何がなんだかわからないうちに着いてしまうわけですが、方向感覚が鋭い人だと、東へ走ってるな〜ここで右かあ(東へ曲がった)とか、出発点であるW駅からのおおよその位置が把握できているものなのかもしれませんね。

 この御宅に伺うのは、何度目でしょうか?4度目くらいでしょうか?一番最初に伺ったのは震災(2011年)前だったでしょうか?情け無いですが、はっきりしない。2階建てですが天井が高くで解放感があって好きですね(勝手な事言ってますが)。

早速仏壇に焼香させて頂きます。5月に訃報を聞いてとりあえず香典と供物として地元の日本酒などを送らせて頂いたのですが、その日本酒が仏前に備えてあって少し面映ゆいというかなんというか(汗)。はとこ(二従妹)のMさんの手作りの真ん丸なメンチをおかずに昼食をごちそうになります。Mさんは、私の亡母(2009年没)の使っていたミシンを未だに使っていてくれているととのことでした(ありがたいです)

 その後、亡くなったTおじの蔵書、千冊〜二千冊以上あるでしょう、Tおじの父の代のからのものもあるようで、古いモノも散見されます。Mおばは当然ながら、いつかは処分しなければ、と思いつつも、まだまだそんな気にならないようです。当たり前ですが。

 Tおじの大学の卒業論文を発見できたのが嬉しかったですね。昭和40年代前後、当然手書きで、綴じ込み用ファイルが新しめでしたが、レポート自体は当時のままで、そっくり残っていました。

 もっとゆっくりして居たかったですが、そうもいかず、はとこのKさんの運転するクルマでMおばと三人で菩提寺まで行き墓参。雨が弱いながら降り始めていました。お寺の門の前でスマフォで記念撮影(Mさんとの写真を撮り忘れたのが残念)。最寄り駅まで送ってもらいました(16時くらいでした)。

 名古屋駅に到着したのが16時40分くらいで、そこから直ぐにweb予約してあるホテルへ向かったのですが、下調べの精度が悪いのでしょう(汗)、同じ会社のホテルだけど、二つあってここでは無い〜改めて教えられた建物へ向かったモノのなかなか辿り着けない、と20分くらいロスをしてしまいました(旅行先では、しょっちゅうこういうトラブルがあるのです、残念なことに)

 18時30分ころやっとホテルの部屋に到着。名古屋プチオフ会(二人だけ)を行う予定のRKさんとLINEで最終やり取りをして、しばしホテルでまったりします。

 18時20分頃、ホテルロビーに居るRKさんと合流。実は今年の3月に東北出張のRKさんといわき市某所(自宅近く)で会う予定があったのですが、コロナ禍でRKさんの出張自体が無くなる、という出来事があり、江戸のかたきを長崎で討つ、ですかねえ?(ちょっと違う?)RKさんが何を食べますか?的に予め骨を折ってくれておりまして、名古屋らしいモノをタンマリ食べるのだあ・・・。

 考えてみたら名古屋らしいモノって今まで、そんなに食べていなかったことに気づきしばし呆然自失(大げさです)。二軒行く予定の一軒目の居酒屋さんで手羽先などをバクバクと沢山食べました。味が濃いのですね・・・。味噌が赤みそなのですね。ドリンクカウンターまでドリンクを取りに行くのがなかなか楽しかったり。フロア担当の店員さんのキビキビした動きが気持ちよかったり。

RKさんの最近の収集ターゲット、小中学生のころ読んでいたマンガ雑誌は?とか話題は尽きません。

 アルコールは最近めっきり飲む量が減ってしまっていまして(たくさん飲むと二日酔いがひどい)、抑え気味なのが残念なところです。

 さて二軒目のお店へ向かいます。煮込みうどんのお店の予定だったのですが、結構歩きました。そして、結局お店はお休みでした。でも、コロナ禍で人通りの少ない名古屋の市街地をRKさんと二人で歩き回った夜はとても素敵でした。忘れられない夜です。煮込みうどんは諦めて、名古屋ラーメンと大書きしてあるお店で食べた「特製名古屋コーチン塩らーめん」が美味かった(やっぱりワタシ的には味が濃いですが)

RKさんにホテルまで同道してもらいホテル前で別れたのが22時前後。RKさんも最近ハマっているという鬼滅の刃がテレビでちょうどかかっていまして、30分くらい見入ってしまいました。入浴前だったのか入浴後だったのか?覚えてないですが、とにかく23時30分頃には寝入ったようです。

 ●2日目 旅行先での土曜日宿泊で日曜日朝まで何の気づかいも不要なのですが、興奮したんでしょうかねえ?普段から数時間おきに必ず目が覚めてしまう浅い眠り体質は、この日も遺憾なく発揮?され、4時ころから、満足に眠れませんでした。トホホなタチですねえ(涙)。

 朝食付きでのプランでして、6時半の開始直後に食堂へ向かったのですが、意外にも多くの方が朝食中でした。食欲はあったのですが、前夜の食べ過ぎを考慮して名古屋のホテルでの朝食記念?的に最低限の食事としました。きしめんと赤だしの味噌汁が中心のあっさりしたモノでしたが満足満足。

JR名古屋駅より大阪へ向かうのですが、普通列車(いわゆる各駅停車)で行くと決めていました。みどりの窓口で切符を購入するときの駅員さんの態度から、結構少数派?みたいな雰囲気を感じたのでした(苦笑)。

JR東海とJR西日本を米原駅を境に乗り継ぐのですが、鉄オタ気質が、わずかですが在るんでしょうねえ?退屈しないのです。スマフォで電子書籍読書。ボックス席の他のお客さんを観察、会話の内容に耳を澄ます、初めて見る駅舎・・・・。新幹線、特急列車、高速バス、他の選択肢では得られないモノが確実にあります。愛知県から大阪までの普通列車での移動は2019年5月のGW続いて2度目かと思いますが(ちょっと今記憶に自信ないです)、実は何気にぜいたくです(っと自分では思っているだけ?)まあ、実際問題、名古屋大阪各停移動と誰かに話してみても、残念ですね、タイクツですね、お金ないんですか?貧乏くさいですね?良くて物好きですね的なリアクションしか返って来た試しは殆どありません(苦笑)。へえ、面白そうですね?とか、分かってらっしゃる、的な、共感できますねえ的なリアクションは滅多に得られません(涙)。

7時半から10時10分くらいまでの約2時間40分の工程でしたが、無事大阪駅に到着。大阪メトロの一日乗車券を購入して、大阪観光・・・。なんですが、下調べが不十分で(またですか?)あまり効率よくは観光できませんでした(苦笑)。一日乗車券600円の裏面に履歴が印字されていまして、参考までに書いておきます。難波1103〜心斎橋13:12⇒動物13:22〜動物園14:55⇒心斎橋15:07〜心斎橋20:20⇒梅田20:32 正直前夜の睡眠不足と準備不足(地理不案内)であまり詳しく覚えていないです。

 織田作之助ゆかりの地界隈を散策、そば屋さんでカツ丼(重)を食べる、通天閣のたもとにある坂田三吉の記念碑の記念撮影、通天閣に上り大阪の街を見渡す。場外馬券場?WInとかいうのでしょうか?競馬の雰囲気を感じたり、オニツカタイガーのショップで靴を眺めたり・・・・。

 ざっとこんな感じでした。コロナ禍のせいでしょう、人の往来が少ないように感じましたが、まだ増しというか、回復傾向にある感じだったかもしれません。

 マンガ収集家の方々との待ち合わせ場所であるまんだらけグランドカオスに着いたのが15時20分くらいだったでしょうか?来た事ある場所なのですが、スマフォを頼らねばならないのが情けないですね。待ち合わせ時刻の16時まで、近くにあるオシャレなカフェでコーヒーを飲んで一息つきます。馴染み客と思われるヤングの方々のお話に耳を傾けます(上品とは言えない事かもしれませんが、こういうの結構嫌いじゃない(苦笑)。

 16時にオフ会参加者の方々と合流して、まんだらけ店内を見て回ります。まあ、最近は収集の方は、あまり気合が入らず、情報収集〜見て楽しむという感じですが。

 オフ会は居酒屋ですね(多分)。そんなに出歩く機会が多くない自分が言っても全く説得力がないのですが、大阪ならではの雰囲気が味わえますね。それでかなりお安いような気がするんですけど(苦笑)。から揚げが美味かったなあ。お店自体が自己主張してますねえ、大阪の居酒屋さんは(苦笑)。話題はあっちこっちへ取っ散らかった感じですね。職場も職業も年齢も違う人たちと同じ趣味「マンガ収集〜マンガ好き」という共通項で集まれるなんてなんて、なんて素敵で楽しいことなんでしょう。

 蔵書の置き場所、終活へ向けての処分、関東の収集家たちのウワサ(?)・・・家族の事・・・。なんか収拾つかない気がしないでもない。ギャラリーをオープンさせるというイラストレーターでもあるID女史が語る、知り合った本屋の店主が某著名マンガ家のアシスタント経験者だった、が受けました。

居酒屋を2時間くらいで上がって、某有名コーヒーチェーンででプチ二次会。BS-TBSでみた番組「昭和の劇画王」で大いに盛り上がった(苦笑)。宿泊先のホテルに無事たどり着けるか?実は心配で心配で仕方ないのでした。

楽しい時間はあっという間でした(涙)。名残惜しいのですが、阪急電車で十三駅へ向かいます。車両がレトロな感じでいいですね。幸いにも迷うことなくホテルに到着。入浴後すぐ就寝でした。

●3日目 今回の遠征の最終日三日目の朝は大阪十三駅界隈のホテルで迎えました。伊丹空港から羽田空港への空路での帰途ということで、時間に余裕を持ってホテルを出ます。なんですが、十三駅までの道を間違える(駅から遠くなる方向)というプチアクシデントがありました(やっぱり。トホホです)。

 飛行機に実際に乗っている時間は50分くらいですが、早めに空港に入って土産モノ店であれこれ覗いたり、空港の雰囲気を味わったり(?)、新幹線で移動した方が時間的には早かったでしょう(多分)。

都内に住む母の従妹のSおば(墓参に伺ったTおじの姉に)の住む豊島区某駅に降り立ったのは、13時過ぎ。羽田空港についてからの電車移動は事前の下調べを殆ど行っていなかったのですが、大きなトラブル無しでした。Sおばの所で遅い遅い朝食兼昼食をごちそうになりまして、15時頃いとまを告げました。

その後は上野駅より常磐線を各駅停車(普通列車)で乗り継いで、20時頃に無事帰宅となったのでした。

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漫画昭和史 漫画集団の50年 漫画集団=編・著

1982年10月15日発行 1983年8月26日4版発行

10/7現在、半分程度読み終えた。

漫画昭和史ー漫画集団 (2)

目次↑

【漫画集団】についてはウイキペディアに説明があるのでそれを見て頂くのが手っ取り早いです。しかし、現時点で組織自体が存在するか?という肝心な事は抜け落ちているように思います。

漫画による昭和史、(この場合の漫画とは一コマ漫画、四コマ漫画を概ね指します)、として読めるし、純粋に娯楽としても楽しめます。ですが、描かれた当時の世相なり、実際の事件事故の類を事前に知っていないと理解できない場合も少なくないでしょう。

本文の文章が漫画家による記名がある場合、無記名の場、と二通りありまして、目次の次のページに「小社編集部の責任において作成しました」とあるのですが、編集には苦労があったように感じます。漫画作品自体が誇張の上に成り立っているのか、事実の描写が主眼なのか?事実の紹介と漫画作品の解説がごっちゃになっているような印象ですね。

ウイキペディアにも記載がありますが、収録の【漫画集団名簿】が興味深いですね。手塚治虫さん含め、その直系の流れ(具体的にはトキワ荘系)の漫画家さんの名前が散見されます。

<物故者>と <退団者>についても記載があります。

メルカリで調べたところ、それなりに高めの価格で売りに出されていますね。令和の時代にあっては、マンガファンよりマンガ研究者に似つかわしい本かもしれませんね。世相の変遷を感じるのに適した本ですね。

漫画昭和史ー漫画集団 (1)

2020.10.7記す

リイドコミック1980(S55)5月8日号 K・元美津氏登場グラビア

K・元美津氏の写真が掲載されておりましてなかなかに興味深い一冊です。

リイドコミック1980May8号 (6)

次号より新連載がスタートする、さいとう・たかを作品「いてまえ武尊/いてまえたける」の宣伝として巻中カラーグラビアページ4ページがあります。

リイドコミック1980May8号 (2)

リイドコミック1980May8号 (4)リイドコミック1980May8号 (3)

リイドコミック1980May8号 (5)

 

 

さいとう・たかをの野心大作!「いてまえ武尊」(次号より新連載)

 あくまでも、新連載のプロモーション企画であるかと推測しますが、制作の裏側をみせる事になる、このような企画には、個人的には若干の違和感を感じますね。さいとう・たかを氏は自らを花火職人に例えて、あくまでも作品が主役であり、裏方が表へ出るのは好ましくない旨の発言をしている、ので(この理解自体、私の誤解かもしれませんが)。また、さいとう・たかを氏は、編集部の意向を重視する(尊重する)傾向が強い作家さんというのがハクダイの理解でして、編集部の強い意向が背景にあったのかもしれません。リイドコミックでは、さいとうプロ作品の新連載開始のたびに、このような企画を組んでいたのでしょうか?。さいとうプロとしては、このようなプロモーション的な企画を頻繁に行う時期があったのでしょうか?

 つらつら駄文を書きつらねましたが、さいとう・たかを氏の膨大な作品群の中で、この作品がどのように位置づけられているのか?またどのような社会情勢下で制作された作品なのか?さいとうプロの制作環境含めて、ハクダイの知識、見識を大きく超えておりまして、気の利いた事を(研究っぽく・苦笑)書けないのが残念です。

巻頭のカラーページ(全3ページ)は、インターナショナル・リイドコミック・ファンクラブなるイラストが掲載。当時話題のタレントが連載中の作品のキャラとコラボ?的な企画でしょうが、元ネタとなるタレントさんが分からないし(私の無知故)、肝心の連載マンガ作品が埋もれてしまいそうな小さな図像(全体のイラストの中でにあって)で、個人的には残念な印象です。

目次には沼田清の名があります。

リイドコミック1980May8号 (7)

 

 

2020.7.7アップロード

滝沢解 古神道を読む

今年の3月からほぼ二か月かけてやっと読み終えた。マンガ原作者「滝沢解」の作品を集中的に読んだことがあるのです。その時まとめたリストなど⇒http://hakudai.boy.jp/former/takizawakai.html

 この古神道、当時(15年くらい前)購入したモノですが、読まずにほおってありました。思い出したように本棚から取り出して読んでみて、約2ケ月、やっと読み終わりました。(3〜5月にかけて)。自分のウカツさに腹が立ちますね、この本を15年くらい前に、滝沢氏原作マンガを集中的に読んだ時期に読んでいたら、滝沢解作品を語るという行為に恐れおののいてしまったかもしれません。自らの浅学非才が、図らずもというか(当然の帰結として)明らかになっただけかもそしれません。

 過剰なモノを抱えての商品供給者として、マンガ原作者としての活動は苦難に満ちたモノだったのか?愉悦の中で行われてモノなのか?近代批判、文明批判という文脈でとらえるには、あまりにも図式的すぎるでしょう。

膨大な数の引用の前にたじろいでしまう浅学無知非才な身ですが、滝沢解作品と向き合って行かねばならないでしょう。私たちは・・・・。

 2020.6.15記す

古神道滝沢解 (2) 

古神道滝沢解 (1)

 本自体に発行年記載は無し。カバーに1990年11月10日初版発行とあります。平成2年です・・・遠くを見る目・・・(苦笑)