カテゴリー別アーカイブ: ハクダイのブログ

矢口高雄作品を読む

10年以上前だろうか?ふと思い立って中古購入した矢口高雄作品をまとめて読んでみました。十代半ばだった1980年前後に講談社漫画文庫(1970年代終わり頃刊行だろう)でマタギ列伝を何冊か読んだのだけど、とにかくいろんな意味で衝撃的でした。

・マタギ列伝(汐文社;全6巻、B6判、チョウブンコミックス(漢字表記が正式か?)、刊行時期は奥付によると1975〜1976年)

・マタギ(双葉社アクションコミック;B6判、全3巻、奥付によると刊行(初版)は1975〜1976)

・岩魚の帰る日(単巻、B6判、汐文社ホームコミックス) 1976年初版で 現代マンガ作家選集とある。(これは短編集でマタギを扱ってはいない)

矢口高雄マタギなど10冊

B6判を10冊、完全にいわゆる斜め読みに近いところが多いのですが、矢口作品の奥深さに改めて気づかされた。というより、この年齢になって初めて気づいた事の方が多いのかもしれない・・。

創作の部分も多いのでしょうけど、マタギという人たちの存在をこうして視覚的に見れることに感謝せねばならないでしょう。世の中の変化に合わせて、当然、マタギという存在自体が変化してきたとは思いますが。活字情報だけならともかく視覚情報があるわけで、力量の無い作家が、この世界をマンガ化しようとしたら、かなりに困難な作業になるように思いますね。それこそ、異世界モノ?かファンタジーになってしまうかもしれませんね。

また、矢口さんの描く女性(少女含む)の素晴らしさはもっと強調されて良いと思います。何だかんだとあんまり類型が無いように思いますし(しいていえば、白土三平さんとかが近いかも)

 2021.5.26記載

 

集団制作と個人制作

朝日新聞2021.5.4〜5付に二回に亘って(文化欄)『コロナ下で読むナウシカ・上下』と題する記事がありました。上下分のそれぞれの文末に(大谷啓之)の記載があるので、この大谷さんという方作成の記事のようです。

 『風の谷のナウシカ』の漫画版とアニメ版の違いについては広く知られていることだと思います。漫画版とコロナ禍(下)の現況を重ね合わせて、その作品世界に迫っているのですが、宮崎駿さんが、当代随一のクリエーターであり、かつ当代随一の思想家でもあるということに改めて気づかされます。まあ正直ワタシのような無教養な人間には難解さが先に立つ感じではあるのですが(苦笑)。

気になったには、本筋とは違って、スタジオジブリの鈴木敏夫プロデューサーによるというカタチで宮崎駿監督の意見を紹介している部分。

宮さんは、映画では何百人ものスタッフを率いる以上「テーマはみんなが納得する公的なものでなくてはいけない」という思いが強いし、観客のことを考え、『最後は明るく』というのをやり続けてきた。だけど、漫画は個人的なものだから、自分の好きにやっていい。それは心ひかれるものだったと思う。 以上引用

 

(宮崎さんの意見、考え方(明言なり記述している)なのか、宮崎さんが考えていることを鈴木プロデューサーが推測しているのかは判然としないです)

 漫画の世界で、集団制作である事を『明言』しているのは、さいとうプロを率いるさいとう・たかを氏が、その代表格かと思いますが、そして、実際問題としては、『明言』している漫画家は少ないように感じます。読者の側は、作者の個性が色濃く反映しているのが漫画であり、一人の優れたクリエーター又は天才?によって生み出されるのが漫画である、いや、そうあって欲しいとZ希求している。読者も側は、そんな『漫画家神話』を無邪気に信じている。まあ、そんな読者の思いは、漫画に対してだけではなく他のメディアにも当てはまるのかもしれませんが、漫画はとりわけその傾向が強いかもしれません。好きなアイドル歌手への心情が、その感覚に近いかもしれませね(苦笑)。

あくまでもワタシの推測ですが、現行の漫画制作は、かなりの部分でシステマティックな集団制作が実際に行われていると考えます。それはなぜか?商品として流通させるには、その方が効率が良いから。

ですが、商品として漫画を売る人たちは、集団制作の産物であるという事には極力触れないようにしている。いや、それどころか、ひとりの偉大なクリエーターが生み出した作品であることを機会あるごとに印象付けている。ワタシはそんな風に想像しています。これは、特にディスっているわけではありません。企業人としては当然の行為ですから、むしろ誉められてしかるべき行為かもしれません。

「コロナ下で読むナウシカ」という本来のテーマから外れたところで、勝手な事を書き連ねてしまいました(妄想モードかなあ・苦笑)


2021.5.7記す(ハクダイ)


 

 

 

山本まさはる 探偵屋ナンバーワンシリーズ ブラックジョオ (ハクダイの蔵書棚から)

先日、ヤフオクで山本まさはるの著作が一括で出品されていたようで(お買い得だと思うなあ、個人的には)久しぶりに(30年ぶりくらい?)に本棚から取り出してみました。すっかり忘れ去られた名前だろうか?漫画家山本まさはるの名は? ウイキペディアによる情報をまとめると、本名:山本正晴、大阪府出身で1941年生まれ。夫人は漫画家の矢代まさこ、姉は漫画家の新城さちこ。1958年に『魔像3号』(日の丸文庫)収録の「遺恨一太刀」にてデビュー。

 検索してみると貸本マンガ時代の作品、中村くんシリーズ、ガン太郎日記 が電子書籍で読めるようです。

Neowing 山本まさはるのページ←リンク先です(クリック)

電子書籍の販売ページでの山本まさはるの紹介文を引用すると、以下赤字部分  多くのマンガ家に多大な影響を与えた貸本マンガの巨星・山本まさはる。その貴重な作品群が50年の時を経て、電子書籍の世界に奇跡の復活を遂げる!!

 ゴールデンボーイという作品は、山本まさはる単独名義のモノ(貸本マンガ時代)と本宮ひろし氏との共作名義のモノ(雑誌連載)、と二つの作品があるようですし、山本氏は本宮氏を支える役回りとなったという話もあるのですが、残念ながら詳しい事は分かりません。

 

心優しき探偵屋が、ブラックジョオという謎の男に絡む殺人事件の謎に挑む本作品、山本まさはるというマンガ家の持ち味が十分に発揮されていると思います。悪人が悪人らしく見えないというか、悪人として造形されているのだけれども、人の良さが見え隠れしている、そんな感じです。昭和の時代を味わうには山本まさはる作品はカッコウの教材かもしれませんね。

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2021.3.18記す。

 

 

2月9日は手塚治虫忌ですが・・・辰巳ヨシヒロマガジンヤフオク出品

本日2月9日は手塚治虫先生の命日、いわゆる手塚治虫忌になります。手塚先生の生まれ〜逝去は、1928年〈昭和3年〉11月3日 – 1989年〈平成元年〉2月9日。

ですが、ハクダイごときが今更語ることはありません。まあ、手塚さんのフォロワーでもあった辰巳ヨシヒロ関係の話題ですがお付き合いください。

現在、ヤフーオークションに辰巳ヨシヒロマガジンの第一号と四号が出ています。当方は三号と七号の二冊を所有して、この二冊も落札といきたいのですが、諸事情で入札すらできません(残念)。ちなみにオークション開始価格(=即決価格の設定は、一号が1万円、四号が1万1千円。

この辰巳ヨシヒロマガジンは、昭和34(1959)年の12月頃から刊行されたようです(発行元は金園社@東京都台東区

劇画工房を脱退した後、短期間ですが『独立劇画プロ』と作品扉に付していた事が確認できる(No.3収録の殺し屋の歌)など、辰巳さんの仕事ぶりを確認する上では興味深い個人編集短編誌です。

個人的には松本正彦氏の寄稿作品がなかなかに興味深く、No.3号収録のコマ漫画風作品、未見ですがNo.4号収録の「いらっしゃい激餓亭です」と、初期の貸本マンガ界にあって、独自の存在感を放っていた松本正彦のユニークさを改めて実感します。

2021.2.9記す

まんだらけZENBU101号 貸本短編誌オッスの全容

貸本短編誌オッス(日の丸文庫)と聞いて、ああアレね、とピンと来る人はだんだん減りつつあるように思います。ゼンブ101号の巻末小特集(とは書いてはいませんが)として、約20ページ分を全カラーで、一冊あたり5ページ程度を写真で紹介しており、非常に資料性の高いモノとなっております。個人的には大変嬉しいのですが、この充実度を実感出来る人は少ないかもしれないなあ(残念ながら)。

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しかし、いま現在の視点からすれば、本家の影よりも作家陣は豪勢というか、マニア的な関心としてはポイント高しではなかろうか?

基本的なデータを抜粋しますと、昭和36年(1961)、月刊ペースで刊行。全67集(号)で増刊扱いは無い模様。感動やユーモア、明朗路線を前面に押し出した青春短編誌の草分け。

ハクダイは全体の十分の一程度しか、「そこそこ読んだ」レベルのモノは無いですかねえ。

水島新司、山上たつひこ、山松ゆうきち、本宮ひろし、とその後大活躍される方々の初期作品が読めるという点が一番のポイントでしょう。沼田清、みやはら啓一、山本まさはる、という、劇画タッチの希薄な作家陣を多く擁した点が興味深いですね。個人的には、この画風の流れが徐々に細くなっていったのが残念ですね。

67号全ての掲載作品リストが収録されていて資料性高し。

2021.2.3記す