カテゴリー別アーカイブ: ハクダイのブログ

摩天楼の全体像に迫る:その2〜

摩天楼/兎月書房の全体像に迫る:その2〜

●各号の見返し部分のまとめ 表紙の裏に相当する見返し部分と見返し遊び部分の2ページ分

 劇画工房同人8人の紹介ページとすることを考えていたようです。シリーズ名は「こんにちわ」。作者の本人写真に紹介文に添えた物となります。下記に紹介文と現物の画像をまとめました。⇒画像はクリックで拡大表示。

 この紹介分の作成は、辰巳ヨシヒロ氏によるものと推測しています(具体的なエビデンスは無いのですが、辰巳氏の著作などを読む限り、そんな気がします)

 

1号:桜井昌一    2号:K・元美津
 探偵漫画界に本間枚九郎(ほんままいくろう)ものでハードボイルド派を紹介されてから、はや3年余りもたちますが、近作は、ますます円熟味(*1)が出てきたようです。先生の今後の作品が楽しみです。

 タフガイ探偵針剣太郎そのものズバリの K・元美津先生です。当年23才。ファクト(真実)フレッシュ(新しさ)フリー(自由、無制約) この3Fが劇画を構成すると先生は語られます。

画像:準備中  matenrou_2 (2) 
3号:欠番 4号:さいとう・たかを  

   石川フミヤスを予定していたか?(推測)  該当部分は白紙状態であり、何らかの編集上のミスがあったと推測

   常に人気トップにあるさいとう・たかを先生はチョッと頭のぬけた探偵台風五郎の生みの親であり、また二十二才の若さあふれる青年作家です。
画像:準備中 (基本白状態)  画像:準備中 
5号:松本正彦 6号:山森ススム
 ぼくは摩天楼に対して、すごくファイトを燃やしているのですよ、とその意欲のほどを語られる、松本先生の、これからの本誌におけるご活躍ぶりが楽しみです。   はたして、この人があの奇抜な、そしておそろしい作品をかかれるのだろうか こんな疑問をいだかせる山森ススム先生です。 
画像:準備中   matenrou6 (2) 
7号:辰巳ヨシヒロ 8号:佐藤まさあき
  本格的、アクション物と広いレパートリーをもち、なお最近はユーモア物にも異彩を放った辰巳先生は、たえず前進しないと気がすまないのだと語られるファイトマン。写真には「愛犬ベルとたわむれる辰巳先生」と一文あり。   スリラー・怪奇・本格もの・・・とあらゆる作品を手がけてこられた先生ですが、最近はハードボイルドの非情な世界にすっかり魅せられてしまった様です。

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摩天楼8号前半抜粋_001(ハクダイ蔵書scan) 

  参考:摩天楼別冊(B5判)見返し部分/劇画工房全8名 
 摩天楼別冊B5 (1) (8名全員が揃っている写真は、この一枚のみと思われます)

★注意など:(*1):原文は「えんじく味」(明らかな誤記等と思しき部分については修正を施しています) 

 

 ●作成:2024.11.01

「わたしの青春ノート さいとう・たかを1987年放送」

 2024年10月29日22時45分からEテレの「おとなのEテレタイムマシン」を見ました。

1987年5月9日に放送された「わたしの青春ノート さいとう・たかを」の再放送となります(4Kリマスタ処理を施しているようです)

 NHK第二放送のカルチャーラジオ ラジオアーカイブス「声でつづる昭和人物史 〜声でつづる昭和人物史:さいとう・たかを1、2  2024年2月19日、26日放送で この録画を一部使用していますね。

 昭和11年大阪に生まれ 19歳の時に「空気男爵」でデビュー 3年後上京 仲間とともに従来の”漫画”という言葉に対して”劇画”という言葉をつくった 劇画最盛時「無用ノ介」「影狩り」「ゴルゴ13」などを発表 「ゴルゴ13」は18年続いている

 上記のようにテロップが出ます。大阪に生まれとありますが、正確を期せばこれは誤りかと。和歌山県に生まれ大阪で育つ、がより正確かと。「劇画」という言葉は「自分と仲間」が共に作った、ということですが、実質さいとうさん一人が作ったと認識したい(認識した)人は少なくなかったように推測します。

ききて 東京都立杉並高校漫画研究部 尾崎九美 山下一史、 佐藤敏彦アナウンサー と番組冒頭で紹介があります。高校生二人が実質的インタビューで、NHKアナウンサーがそれをフォローするといったところでしょう。また、女性の尾崎さんの方が発言は多いですね。

 ・インタビュー中、さいとうさんが喫煙している、というのが昭和らしい

 ・さいとうプロの製作の様子が映ります。何名かの方が映りますが、石川フミヤスさんかな?と思しき方が。まあ、ハクダイが認識出来ないだけで分かる人には分かるんでしょうけど。

・インタビュアーの高校生御二人は1970(昭和45)年頃の生まれでしょう。1936(昭和11)年生まれのさいとうさんとは、丁度親子くらいの歳の差でしょう。ちなみにハクダイは1964年生まれでインタビュアーさんに近い年齢です。

・今の十代、二十代の人が、このインタビューを見たらどんな感想を持つのでしょうかねえ?気になるところです。

●2024.10.30作成

●画像はコミックナタリーより

 

 

 

2024.9.12山森ススム先生訪問記

※日時等:2024.9.12(木) 8:50~11:10 @京都市内山森先生自宅兼工房

ほぼ二年ぶりの訪問でした。昭和10年(1935年)7月1日が誕生日の山森先生、来年には卒寿(90歳)を迎えられるとは思えない御元気さ。

 最近、制作された螺鈿作品を前に、近況などを伺うことが出来ました。途中からマネジメントはマネジメントをされている長女の藤原一求美さん(フジワライクミさん)も加わって、息子さん(アニメーターの山森英司さん)やお孫さんの事、最近の業界動向や思い出話など、あっという間に過ぎた二時間強の時間でした。


ここ最近制作の螺鈿作品の一部


ここ最近制作の螺鈿作品の一部~続き 30㎝のレコード盤(LP盤、アナログレコード)の上に螺鈿細工を施しています。


 山森先生とハクダイ(撮影は藤原さん)。目つぶってしまってますね(-_-;)



●前回の訪問記録 2022年12月27日 写真のみです 

山森先生とハクダイです(撮影は藤原さん)。


●過去の訪問記録

 2021年11月某日 ⇒ 記録作成あります ←クリック 


・2024.9.19公開(修正2024.9.21)

 

2024年9月・岐阜名古屋京都遠征の記録

●●基本行程●●

●11(水):福島県内より新幹線で東京駅⇒京都駅。JR岐阜駅に12時半前到着。マンガ収集家仲間であるNさん運転するクルマで、瀧神社(岐阜県美濃市)へ。Nさん、II氏、ハクダイの都合三名、瀧神社はII氏の御目当て。瀧神社お参り後、岐阜県博物館(関市)へ。マイミュージアムギャラリー【マンガコレクションほぼ半世紀展:2024/8/31(土)~ 9/29(日)】に出展中の木下和茂さんは旧知で久しぶりお会いできるのを楽しみにしていました。収集家仲間総勢8名が一堂に会するプチオフ会状態。このプチオフ会参加が今回の遠征計画の発端です。岐阜市内にあります老舗の定食屋さんで総勢7名で夕食(KKさんが帰宅し残念)。KKさんよりはお土産として坂田靖子「マーガレットとご主人の底抜け珍道中・望郷編/ハヤカワコミック文庫/著者サイン入り、を頂きました。名古屋市内在住のRKさんのクルマに同乗させて頂き名古屋駅付近のホテルへ。ホテルでリラックス(木下さんから頂いたお菓子をほぼ一気食い)~入浴~20:30就寝。

●12(木):普段通り5時半頃に目が覚めてしまい、6時ころにはチェックアウト。新幹線で京都へ向かい、バス亭で時刻を確認したのち、トーストで朝食。バス、徒歩で「京都箔鳳堂」へ向かう。山森博之先生(山森ススム)と8時50分頃から11時過ぎまで談笑。途中よりマネジメントをされている長女の一求美さん(いくみさん)も加わり、濃密な時間に。京都駅へバスで戻り、美術館えきで開催中の「ブラックジャック展」を堪能。まんだらけ京都にも足を延ばすが、ハクダイの特性である「方向音痴」が発動し、時間と体力と気力を消耗・・・困ったもんです。京都駅を14:50頃発ち、新幹線と名鉄を乗り継いで豊田市内の親戚宅へ向かう。最寄り駅から親戚宅への地図を印刷しておいたのですが、目印となるようなスポットがほぼ皆無で結局スマフォ~グーグルマップとニラメッコ状態。15分くらい歩いて無事到着(16時半頃)。仏壇にて焼香させて頂き数時間ほどですが楽しく過ごさせて頂きました。完全お手製の夕食は美味、滅多に飲酒しないクセにアルコールをおねだりしたりしてしまいました。予想外で嬉しかったのは、小学三年生男子と将棋を一局させた事。全く強くないし、そんなに熱狂的でもないけれど、将棋ファンの端くれとしては、愛知県という土地の将棋文化の厚みを感じた次第。21時半、クルマで数km先のホテルへ送って頂き、23時過ぎには就寝。

 また山森先生訪問の記録は別途紹介しています⇒クリック

●13(金):6時半くらいに起床、7時半頃チェックアウトし。電車などを乗り継いで芸大通り前駅へ。通称リニモという交通機関からの眺めは、これまで経験したことが無いモノでしたね。ファミマでおにぎり2個を+缶コーヒーでの朝食を買って~頬張ってからトヨタ博物館へ。クルマもメカにも興味あったなあ~、という自分を再発見して、ガソリン、電気、蒸気の三種のエネルギーの「競い合い」という事実に刺激されるのでした。ミニカー、バッジなどのミニチュアなアイテムにもワクワクしてしまい、満腹状態。当初の予定であった「リニア・鉄道博物館」は取りやめて、まんだらけ名古屋へ直行。1Fのビンテージ漫画及びその周辺しか拝見できませんでしたが、2冊ほど購入。

(1)怪奇貸本収蔵館4竹内寛行2(¥2200)

(2)兎目書房イヌダハジメ逢魔がマンガ館(¥660)

大須の商店街を散策し昼食。名古屋めしは強烈ですねえ・・・。

予定していた新幹線の時間の1〜1.5時間前には名古屋駅へ。カフェ等で休んだり、お土産さんを覗くような精神的余裕皆無で、ホームのベンチで小一時間時間をつぶしました。なんですけど、ベンチで世間話というか、いろんな話が聞けたりして、なかなに有意義な時間ですね(何とはなしに耳に入ってくるんですが、あまり品の良い事では無いでしょうけど)

 自室で一息、遅めの夕食となったのは21時半から22時くらい。興奮~旅の余韻に浸りながらしばしリラックスタイム。浴槽に浸かりはしませんが入浴して23時頃就寝となりました。

※2024.9.17アップ

声でつづる昭和人物史:さいとう・たかを

NHK第二放送のカルチャーラジオ ラジオアーカイブス「声でつづる昭和人物史 〜声でつづる昭和人物史:さいとう・たかを1、2 ということで、 2024年2月19日、2月26日に放送がありました。(それぞれ30分)。

 解説はノンフィクション作家の保阪正康さん、聞き手は宇田川清江さんで、NHK保管の当時のアーカイブスをそのまま放送する分けでは無く、現在の視点で保坂さんがあらためて解説します。

 宇田川清江さんという方、どのような活動をされている方なのか全く存知あげないのですが、漫画/マンガというメディアに対する認識が古いというか、いかにも昭和の常識人という感じですね(あくまでも個人の感想、そして私自身はそういう考え方を否定はしませんが、近年の若いリスナーさんにとっては逆に違和感があるかもしれません)。ですが、さいとう・たかを氏の打ち立てた金字塔~ゴルゴ13連載50年超~の凄さが際立つという皮肉的な結果となっているかもしれないですね。昭和平成令和と続く半世紀、スゴイ長期間ですよ(苦笑)。

 ゴルゴ13の長期連載を可能にしたものは何なのか?は考察に値するテーマだと改めて思いますね。

 しかし、漫画家は垢を落とさないと生き残れないと説かれた高校生の漫研の人たちに、同情しちゃいますね。雲の上の存在である大人気作家の漫画家先生に、そう説かれてもねえ(苦笑)。

以下は番組サイトよりテキストをコピーしました。


「声でつづる昭和人物史 〜さいとう・たかを」1

「わたしの青春ノート」 教育テレビ 聞き手:佐藤敏彦アナウンサーと杉並高校漫画研究会

劇画家のさいとう・たかをは和歌山県の生まれ、終戦後、アメリカのコミック本に夢中になります。家業の理容業を引き継ぎますが、漫画家になるため21歳の時に上京し、仲間たちと「劇画工房」を結成します。昭和62年5月に教育テレビで放送された「わたしの青春ノート」では、漫画との出会いや、プロの道に入るキッカケについて、また問題児だった中学時代、その後の人生に大きな影響を受けた担任の先生のことを話しています

「声でつづる昭和人物史 〜さいとう・たかを」2

「日曜喫茶室 絶滅保護種・いい男」 平成13年5月6日 FM 聞き手:はかま満緒

劇画家のさいとう・たかをは、24歳の時に制作会社「さいとう・プロダクション」を設立し、分業体制で「劇画」を制作する仕組みを作りました。この体制で制作したのが、その後大ヒットした「ゴルゴ13」でした。平成13年5月にFMで放送された「日曜喫茶室 絶滅保護種・いい男」では、自身の原点である戦争体験や「ゴルゴ13」制作のいきさつ、またその主人公の「デューク東郷」の人物像についても詳しく話しています。

2024.4.6アップ。