カテゴリー別アーカイブ: ハクダイのブログ

2017年1回目の青虫訪問

昨年2016年10月末以来の昭和漫画館青虫さん訪問。

サイトの充実を考えるのですがなかなか思うように進みません・・・いつものことですが。6月の下旬、5月の営業日再開から、早や二か月を過ぎようとしている時期にやっとおじゃますることが出来ました。

新潟でのマンガ学会開催直後を受けて、その足で青虫を訪問されたマンガ研究者さんたちが数名熱心に資料にあたっている最中の午前十時ころから午後三時までの途中昼食休憩をはさんでの約4~5時間の滞在でしたが、昨年には蔵書していなかった(と思われる)1970年代の雑誌群~創刊号多し~非:少年誌(成人向け少なくない印象)、などなど、漫画好きにはタマラナイ時間を過ごせました。

 まあ、この雑誌群の存在に気付いたの退館間際の時間でして、劇画工房存続時期の貸本マンガを中心に、あれこれ見ていた時間が長かったのですが。

トップの写真は青虫のある只見町の風景です。青虫へ向かう途中に撮影しました。もう少し写真の技術を磨きたいですね(苦笑)

2017.7.8記す。

 

蔵書棚より 伊賀淫花忍法帳 石川賢 別冊エースファイブコミックス

石川賢とダイナミック・プロ が正しいですね。消費税導入前ですから1980年代の刊行かと推測します。(奥付には年月日の記載なし)。B6判サイズで、表紙違いが存在するかもしれませんね。

古本流れを偶々入手して本棚に入れてあったのですが、事情があって手放すことになりまして(嫌々では無い・苦笑)遅ればせながら読んでみました。

表題作の他に「伊賀清水港」の2編を収録。両作ともスケベでおバカなマンガです(サイコウの誉め言葉)。パロディとしてもの性格も多分に持っているのですが、自分の分かる元ネタがとっても少ない(多分)のが残念です。

しかし、このコミックシリーズは侮れませんね。まあ、全貌が明らかになっているのでしょうが(たぶん)、ビンテージコミックコレクター泣かせの部類に入るシリーズかもしれません。

石川賢伊賀淫花忍法帳 (2)-1024

石川賢伊賀淫花忍法帳 (1)-1024石川賢伊賀淫花忍法帳 (3)-1024

 

2017.6.26記す。

シリーズ・松本正彦2016~その3 『人形紳士』1955年(昭和30)を読む

「人形紳士」松本正彦 を読む。

電子書籍サイトの ebookjapan ←クリック で松本正彦作品を読むことが可能です。松本正彦で検索しますと、24件ほどヒットします ⇒ クリック

 この『人形紳士』冒頭の14ページを立ち読みできるので、是非立ち読みだけでもして頂きたいです。(勿論課金して全て読んでも納得の作品ですが)。

既に旧聞に属することでありますが、昨年2016年、「ハクダイのカカク」管理人・ハクダイは、故・松本正彦さんの御長男である松本知彦さんに2度ほど御会いする機会に恵まれました。2016年には「松本正彦・知彦・親子展」、「松本正彦・切り絵展」が開催され、「アーテイスト・松本正彦」の業績を振り返るにふさわしい年だったと思います。不定期ではありますが、松本正彦関連の話題をシリーズとして綴っていきたいと思います(2017・6・13)。

 あらすじと見どころなどをハクダイなりにまとめてみましたので参考にして頂ければ幸いです。ebookjapanの該当作のあらすじはこちら ⇒ クリック

 また、小学館クリエイティブより刊行の松本正彦「駒画」作品集・隣室の男収録の作品リストにも、マンガコレクター上村誘さんによる数百字程度の解説が収められています。尚、このページのアイキャッチ画像は、この作品集・隣室の男の表紙です。

あらすじ 映画館から出てきた少年・三平と、その、おじ泰三は、客寄せのために飾られたショーウインドウの中にある電気人形の前を通りかかる。本物の電気人形なのか?人間が扮装しているのか?判断出来ない二人の目の前で、ショーウインドウの中の電気人形が銃声と共に倒れる。そして、狙撃者と思われる男の姿が現われる。狙撃者らしき男を追う三平と鍛冶川であったが、見失ってしまう。

 三平は、詰襟の学生服らしき服を着ており、高校生くらいの年齢と思われる。おじの鍛冶川は私立探偵という設定かと思われる。血縁関係のある叔父・伯父なのか、知人の大人への敬称としての「おじ」なのかは判断できず。

 狙撃者らしき男が落としていったと思われる名刺には「曽我五郎」の名が。三平の友人の少女・チヨコの父「曽我十郎」氏の弟が「曽我五郎」であり、曽我五郎氏は「電子ロボットを製作中」として話題の人物であった。

 曽我五郎氏が、顔が薬品で誰か判別できない状態で、死んでいるのが発見される。チヨコが語るところによれば、父・曽我十郎は行方不明、父・十郎は、弟五郎と仲が悪かった。そして、不仲の原因は、十郎が弟・五郎の研究に反対していたせいらしい。

 曽我五郎氏は、人間を超えた存在としての「ロボット」を製作しようとしていたようだ。そして、「人形紳士」を名乗る謎の人物(ロボットないしは怪人か)による破壊事件、美術品の窃盗事件などが立て続けに起こる。不敵にも美術品の盗難予告をしてくるという大胆な人形紳士。

 名探偵・鍛冶川との知恵比べの末、ついに人形紳士の正体が明らかになる。行方不明の曽我十郎氏の安否~生死の行方はいかに? そして、十郎氏こそが人形紳士なのか?それとも人形紳士は、やはりロボットなのだろうか?

興味深い点など

・結末が、ハッピーエンドとは言い難いモノで、ある種の無常観を感じさせる。
・スリラーかミステリーか?、これは断然後者であると思う。漫画を読んでいるいう感覚もあるのだが、活字を追っているような感覚も多分に感じさせる。

・人物の等身サイズは5~6投身と言ってよいと思う。下半身を極端に太く描くデフォルメは、松本正彦独自のモノと言えるかもしれない。
・江戸川乱歩作品の影響か?怪人二十面相作品に似たようなトリックがあったように思います。アドバルーンを使った逃走トリック、窃盗ターゲットの美術品のすり替えトリック、変装トリックなどです。

・死体発見のシーンで「博士の死体は、あまりにひどいのでとても絵に描けません」とテキスト情報のみのコマがあります。ユーモアなのか?、素直に暴力シーンを避けたいのか?著者の真意は分かりませんが、作品世界へのリアリティー付加という点では効果的な演出になっていると思います。また、前述の上村誘さんの解説でも、この場面を取り上げております。

・窃盗の予告時刻が来る時間経過のカッチカッチの描写が、かなりのコマ数を使用していて、ページ数が多く使える単行本ならでは、と強く感じる。

・21、22p。曽我五郎が作ろうと構想している「ロボット」の性質が興味深い。著者は、手塚治虫作品をはじめとして、SF作品にも大きな関心を寄せていたように想像します。

・ユーモア、ギャグのシーンが皆無。まあ、作者がユーモアを意図している部分もあるのかもしれませんが。

・作品冒頭・トビラ部分に「1955.11」と製作年月らしき署名あり。

・発見された死体の顔が酷い状態で身元が特定出来ない、という点がストーリー展開上、大きなポイントですが、身元認証(確認)の技術があまり進歩していない時代ならではのものでしょう。現行では通用しない作劇上の工夫でしょう。

2017.6.17記す。

シリーズ・松本正彦2016~その2 松本正彦&知彦 親子展

松本正彦&知彦親子展(2016年開催)

 2016年7月17日(土)午後、渋谷区代々木上原のカフェ「ファイヤーキングカフェ」で開催中の松本正彦&知彦親子展に行ってきました。

既に旧聞に属することでありますが、昨年2016年、「ハクダイのカカク」管理人・ハクダイは、故・松本正彦さんの御長男である松本知彦さんに2度ほど御会いする機会に恵まれました。2016年には「松本正彦・知彦・親子展」、「松本正彦・切り絵展」が開催され、「アーテイスト・松本正彦」の業績を振り返るにふさわしい年だったと思います。不定期ではありますが、松本正彦関連の話題をシリーズとして綴っていきたいと思います(2017・6・13)。

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ポスターの画像。知彦さんのブログより借用させて頂きました。

 ●この親子展(二人展)については、松本知彦さんが自らのブログに開催の経緯などを丁寧に書いておられますので、まずはそちらを御覧ください(それだけで十分なような気さえしますが(苦笑))。

クリック⇒ 談話室松本「親子展が無事終わりました。2016.8.8」

 ●会場は渋谷区代々木上原駅近くの「ファイヤーキングカフェ」。首都圏に二十代の時、1980年代に6年間ほど住んでいた事もあるのですが、埼玉県と千葉県でして東京都内には結局のところ住む機会が無かったもので(苦笑)、新宿からの小田急東急線で代々木上原駅下車という状況だけで、緊張していまします。

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ファイヤーキングカフェの外観です。格子ガラスが良い雰囲気ですね。

 ●ファイヤーキングカフェは、店内が広い、天井が高い、一人一人の客席(占有)スペースが広く、とてもリラックスできる空間です。(スミマセン、大都会・東京のお店やさんは、スペースが限られているという先入観・固定観念がある田舎者のハクダイです)。広々として開放的な空間には圧倒されます。

 ●松本正彦作品のパネルが店内壁に展示されています。そして、業績を紹介する文章~テキストが掲示されています。

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 カフェの営業時間中ですので、飲食されている御客さまが写り込んでしまっています(画像処理させて頂きました)。

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 上記2枚の画像写真は松本知彦さんの上記ブログより借用させて頂きました。左側は『劇画バカたち!!第一話』の最終ページですね。右側は未確認ですが、多分『劇画バカたち!!』からかと思います(あいまいでスミマセン)。

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昭和30年代初頭の『駒画』作品に挟まれるように、テキストが掲示されています。

●展示のパネルのテキストを紹介しますと

劇画草創期の精神的な指導者であったように思います 宮崎駿

劇画の早すぎた先駆者として松本正彦を再評価すべきときがやってきた  中条省平

松本さんの作品は茫洋とした中におもしろさがあった~水木しげる(漫画家)

 

●松本知彦さんの作品は精緻な鉛筆画。図工の時間、美術の時間が、あんまり楽しくなかったハクダイ的には、ため息しか出ない素晴らしさ。精緻な鉛筆画を大量に実際に間近で見たのは初めてかもしれません。知彦さんに、無遠慮にも、鉛筆の種類やブランドにはこだわっているのでしょうか?と愚問をぶつけてみたところ(愚問の典型ですね・汗)、「特にこだわってない・旨の回答が」・・・知彦さん、ほんと失礼致しました。

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知彦さんの鉛筆画。展示~即売の様子です。洋間に飾ったら映えますね。

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上記2枚の画像写真は松本知彦さんの上記ブログより借用させて頂きました。超が三個付くくらいのクオリティですね(当たり前)。

●単行本の展示コーナー

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松本正彦氏の近年の著作(海外での出版物含む)と、貸本マンガ時代の貴重な古書マンガが、会計カウンター下のガラスケースに展示されています。約60年前のビンテージマンガは、程度の良い「個体」が殆ど(凄い)。3種類のクリアーファイルの販売も(下右側写真)。また、ここには写っていませんがポストカードもありました。

●コースターと特別冊子(A3判)を紹介させて頂きます。

 ポストカードとクリアファイルは未入手ですが、コースターと特別冊子を入手しましたので以下簡単ですが、紹介まで。

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中央は、A3判という大き目の冊子。この展示会のために制作されたモノです。上はコースター(3種)。左右四冊はハクダイ所有の松本正彦作品。

松本正彦資料コースター3種-1024

 コースター3種。

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 A3の冊子は広げるとA2になります。裏表紙部分が松本正彦さんのの略歴などで左、は代表作『鶴巻鳴子の恋人』のトビラ部分。『鶴巻鳴子の恋人』全14ページを収録しています。

2017.6.13記す。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シリーズ・松本正彦2016~その1

 既に旧聞に属することでありますが、昨年2016年、「ハクダイのカカク」管理人・ハクダイは、故・松本正彦さんの御長男である松本知彦さんに2度ほど御会いする機会に恵まれました。2016年には「松本正彦・知彦・親子展」、「松本正彦・切り絵展」が開催され、「アーテイスト・松本正彦」の業績を振り返るにふさわしい年だったと思います。不定期ではありますが、松本正彦関連の話題をシリーズとして綴っていきたいと思います(2017・6・13)。

劇画工房に参加した全8名の集合写真について。

ハクダイが知る限りでは、劇画工房に参加した全8名が一同に会した写真は一枚(ワンショット)しか存在しません。もちろん、ハクダイだけが知らないだけで、実際には複数ショット存在するのかもしれませんが。

●この写真の使用(利用)の例として次の二つを挙げておきます。

(1)辰巳ヨシヒロ氏が自著にて引用している。 例(1)劇画大学/1968・昭和43・ヒロ書房 (2)劇画暮らし/2010・平成22・本の雑誌社

(2)さいとう・たかを氏がテレビ番組で、若い頃の写真、当時の仲間、という文脈で紹介している。NHKテレビ/『探検バクモン DEEP INSIDE』(案内役:爆笑問題)  2013(平25)年1月放映「ゴルゴ13の秘密基地に潜入せよ!」

 ●辰巳氏の『劇画暮らし』収載時には次のような一文が写真に付されています。

 劇画工房オールスター。前列左から松本正彦、K・元美津、さいとう・たかを、佐藤まさあき、後列左から著者、石川フミヤス、桜井昌一、山森ススム(昭和34年夏頃)。

 ●この貴重な一枚の出所はどこなのか?

 長年疑問に思ってきたのでですが(業界的には当たり前であったのかもしれませんが)、知彦さんより、松本正彦氏所有のカメラで撮影されたという事を教えて頂き、長年のモヤモヤがすっきりしました(苦笑)。そして、なんと実際に撮影に使用されたカメラ、そしてネガフィルムが、松本家に今も残されている、と言う事実。これは結構大きなニュースではないでしょうか?

 劇画工房全8人撮影写真

 写真データは松本知彦さん公開のブログより借用。8名の名前についてはハクダイがテキスト記入。

 (1)山森ススム氏は結局京都を離れず上京せず、(2)K・元美津氏の京都よりの上京は、この約10年後の昭和44年頃。ではあるが、山森、Kの両氏が短期間ではあるが国分寺に滞在した記録が残っており(より詳細な情報は現在持ち合わせていないが)、山森、Kの両氏のわずかな滞在期間内に撮影されたと推測されます。誰が住んでいた部屋なのか?等の詳細は情報については不明です。

2017.6.13記。