K・元美津、その実像に迫る
前のページでも触れたが、彼に関する情報は決して多くはない。いくつかの資料をもとに、彼の実像に迫ってみた。
1.都会的センスが光った貸本マンガ時代
●K・元美津氏の画風について
近年の感覚でいえば、全く劇画らしくない画風を持っていたのがK・元美津氏である。いわゆる劇画調の絵を、「さいとう・たかを」「小島剛夕」「白土三平」作品あたりに求めるとすれば、これらとは全く違った質感を持っている。
しかしながら、その画風の洗練度は、1960年頃(昭35)にあっては特筆すべきものであったと思う。K氏がテレビ、広告、あるいはデザインの世界へ進めば、より大きな成功を手にしたかもしれない。逆を言えば、Kの作品の発表場所が「貸本マンガ」というジャンルであった事がKの都会的なセンスを発揮するには最適な場所だったともいえるだろう。
前述の「ちだ・きよし」の論考でも触れられているが、Kの描く女性は手塚治虫の「リボンの騎士」を思わせるような独特の艶っぽさを秘めている。それはK作品特有のオリジナリティーを強く裏付けるものになっていると思う。
●劇画工房時代/1959年(昭34)の記事より
・劇画工房が編集を行った短編誌『摩天楼』では、「劇画家をはだかにする」と称し、特定の劇画工房同人に対し他同人が匿名で好き放題に語ってその人物の人柄に迫ろうというコーナーを連載していた。K氏の貸本マンガ界での立ち位置がうかがえる内容となっている。
・A、B、Cの3氏がK・元美津について語る。以下、『摩天楼』10号より、一部を引用する。
A:中学生には無論、高校、大学生のファンが大勢いるようだ。
B:セリフがすごくしゃれているんだな。
A:それにさ、女の子がよく出てくるだろ。
B:そうだ、そうだ、バストとヒップの大きい子がね。
B:ああいう事をやり始めたのは彼だけだね。他の人がやれば変だと思うよ。つまり、ストーリーにぴったりくるんだね。
A:それもさ、高年層を狙っているからいいんだ。
B:彼が声を大にして言ってたよ、われわれの作品は大人の人に見てほしいんだって、昔の人のいう、子供の見る物だという考えを追放するんだと。
C:そうだ、同感だね。
B:その努力あってか最近では、青年、つまり大人の人が見るようになって来た。そして、劇画と呼ぶようにね。
●貸本マンガ時代末期~昭和40年代初頭
1966~1967年(昭41~42)頃は、まだ京都に住んでいたようである。K氏が上京に至る経緯や時期などの詳細は情報をハクダイは持ち合わせていないが、下記のようなプロフィール写真をいくつか残している。
2.脚本担当者としてのK・元美津の仕事~雑誌時代
(1)クレジット名が前面に出ている作品
現在、脚本「K・元美津」の名前が明確にクレジットされている作品として次の4作品を確認している(雑誌連載時の扉やもくじに、あるいは、単行本の著者として明確にクレジットされている作品)。
a.「かまいたち」
①クレジット:「甲良幹二郎・さいとう・プロ作品」とあり、作画は「甲良幹二郎」名義。単行本には「脚本/K・元美津」と記載あり。
②初出:掲載雑誌、掲載時期不明。
③単行本:単行本化は2回。1回目のSPコミックス版は、K・元美津のクレジットがあるが、2回目のコンビニコミック版では、K・元美津のクレジットはない。
SPコミックス/B6版/さいとう・プロダクション(リイド社)/かまいたち1、2巻(全2巻)
・リイドコミックス1巻 副題「地獄の余り風」
ハクダイ所有本は1974年(昭49)11月25日発行/480円/さいとう・プロダクション刊
・リイドコミックス2巻 副題「用心棒無頼」
ハクダイ所有本は1975年(昭50)1月15日発行/480円/リイド社刊
・SPWIDEPocket(コンビニコミック)改題「地獄剣かまいたち」
B6判/リイド社/504p/ リイド社/2008年(平成20)1月発行
※1巻のみの刊行と思われる。「さいとう・プロ作品《甲良幹二郎》」とクレジットがあるが、K・元美津の名前はなし。
④あらすじかまいたちにやられたような傷が死体にある……、そして、疾風のように現れ一気に喉を裂く手口……いつしか、その男は、「かまいたち」と呼ばれるようになった。父の仇を求めるかまいたち、そして、かまいたちを追い続ける同心。かまいたちの運命が狂いだす時、かまいたちの父の死の真相が明らかになる。そして、かまいたちを狙う同心は……。
⑤解説甲良幹二郎氏のハードな画風が生きた時代劇アクション。甲良氏の特徴である目つきの鋭さがこの作品を印象づけている。
b.「一発屋バク」
①クレジット:脚本/K・元美津、作画/鳴島生
②初出: リイドコミック/リイド社/1975~1976年頃(昭50~51)
③単行本
SPコミックス/B6版/リイド社/全2巻/1巻 副題「麻雀男爵」、2巻 副題「雀士激突」
④概要2巻のうち1巻のみ入手した。1巻を読む限り、調子の良い幾分チャランポランな主人公・バクが、好むと好まざるとにかかわらず、トラブルに巻き込まれ、いい思いをしたり少し痛い思いをしたりと娯楽的要素を強く出した作品である。ハクダイは麻雀に明るくないため、麻雀マンガの中でのこの作品の位置づけは見当がつかない。遊び人の主人公のキャラクターはどこか憎めないところがあり、人気もそれなりにあったのでは?と推測する。
c.「どすこい無法岩」
①クレジット:脚本/K・元美津、作画/武本サブロー
②初出
別冊漫画アクション/双葉社/1975年(昭50)頃
③単行本
SPコミックス/B6版/リイド社/全2巻/
・1巻 1985年(昭60)12月
・2巻 1986年(昭61)12月
④概要江戸時代を舞台にした相撲物。東北地方の磐城(いわき)の国から、相撲取りになるために江戸に出てきた主人公の青春模様。人情喜劇やスポ根的な要素もあり、主人公・無法岩の明るいキャラが頼もしい。相撲マンガとしても興味深い作品である。
d.「密漁警部」
①クレジット:作/K・元美津(さいとう・プロ) 画/沼田清
②初出 「週刊漫画times」1977年(昭52)10月14日号より連載。第1回目の作品扉には「本格短期集中連載と」あるが、連載回数については調査中。
③単行本 刊行されていないと推測する。
④概要反社会的組織への捜査の過程で、警察官としてはあるまじき行動を取ってしまう刑事・本多。そして北海道出身のコールガール・真弓と本多の運命は急転直下で動き出す。満州で生まれた本多の人生は苦難から始まっていた……。
※クレジットにK・元美津(さいとう・プロ)とあり、K氏はさいとう・プロ所属であった事がうかがえる。同じ京都出身で、共に日の丸文庫~貸本出身の2人の異色コンビ作といえだろう。当時の読者受けはともかく、傑作の予感がするのだが、実際はどうなのだろう。沼田清ファンの方も注目すべき作品である。
(2)製作スタッフとしてクレジットされている作品
a.「ゴルゴ13」
映画「ゴルゴ13」(1973年(昭48)/東映)で、Kが脚本家の1人として名を連ねたのには大きな理由がある。劇画「ゴルゴ13」では、多くの方が「脚本」担当としてシリーズに名を連ねているが、その中でも最も多くのエピソードを担当している1人がK・元美津なのである。
・Wikipediaの「ゴルゴ13」の項目によれば、その数は80エピソードであり、1人の脚本家が担当した数としては最大である。次に多いのは「北鏡太」で40エピソード。(リイド社SPコミックス141巻までに収録されたエピソードについて考慮した)。
・K氏が脚本を担当した80作のタイトルと制作時期については現在調査中である。
b.その他
K・元美津はゴルゴ13の脚本担当者として意外にも多くの「さいとう・プロ作品」に係わっている。以下、その一例を紹介する。
①「日本沈没」
第4巻/少年チャンピオンコミックス
脚本でなく「構成:K・元美津」とクレジットあり。週刊少年チャンピオンでの連載は1971年(昭46)。単行本化にあたって、制作クレジットがここまで詳しく掲載されているのは珍しい。さいとう・プロ作品では、制作クレジットの掲載は雑誌のみで単行本化の際は掲載なしが一般的と思われる。
②「うどん団兵衛」
週刊少年マガジン/1975年(昭50)29号
脚本担当としてK氏のクレジットあり。「うどん団兵衛」はこの回が最終回のようだ。
③「新・影狩り」
コミック野郎/1977年(昭52)8月号(創刊号)/リイド社刊/隔月刊
脚本担当としてK氏のクレジットあり。