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小特集「K・元美津へ迫る」・2016年6月増強公開 ~1.「劇画」の隠れたキーパーソン~K・元美津

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 小特集「K・元美津へ迫る」・2016年6月公開

(1)未亡人の本水光子さんインタビュー(2015年12月実施)    クリック→インタビューページへ

(2)写真で見るK・元美津氏~本水光子さん提供の秘蔵写真公開 クリック→写真公開ページへ

(3)作品公開~ブクログのパブーで2作品を電子書籍形式で公開です。                   クリックでパブーのサイトへ  

・作品①「殴られましょう」1960年(昭和35) 日の丸文庫・影別冊・A5判。ジャズをテーマにした作品で、発表時期を考えると非常に興味深い作品かと思われます。オリジナルの貸本マンガではインク色が青みがかっていますが、読みやすように白黒(モノクロ)へアレンジしております事ご了承下さい。全36ページですが、色身を修正していないモノ(冒頭の2ページ分)を一番最後に補足的に追加しております  

・作品②すごいお客さま 初出は劇画マガジン(日の丸文庫・B5判雑誌)で1968年頃の作品かと思われますが詳細は未確認で現在調査中です。全18ページで、幾分つやっぽい近未来ユーモアものという印象の作品でK氏の描く女性の魅力が際立つ一作と思います。

(4)Tシャツとトートバッグの販売             クリックでTシャツトリニティーのサイトへ

K作品のキャラクターをあしらったグッズ販売です。懐かしい雰囲気と新鮮さが同居するK・元美津キャラの面白さを堪能して頂けるかと思います。 

忘れ去られるにはあまりも惜しい?!劇画工房同人作家「K・元美津」に迫る

「K・元美津」、ケイ・モトミヅ。今となっては、その名前を知る人は、極めて少ないだろう。劇画工房の一員であったことも忘れ去られようとしているのかもしれない。どこか品があって洒落の効いた彼の作品や音楽、映画の趣味恰好は劇画工房のメンバーたちに影響を与えた。今後、彼の名前が日本のマンガ史から忘れ去られてしまうとしたら、あまりにも残念である。

1.「K・元美津」氏についての基礎情報

略歴

・1935年(昭10)、京都府に生まれる。本名は「本水克世(もとみずかつよ)」。
・1957年(昭32)、「彼奴を逃がすな(きゃつをにがすな/あるいはのがすか)」でデビュー。
・1958年頃(昭33)、「関西漫画家同人」の一員として活動。
・1959~1960(昭34~35)、「劇画工房」の同人として活動。
・1960~1969年頃(昭35~44)、貸本漫画を主な舞台に京都にてマンガ(劇画)制作を行う。
・1970年頃(昭45)上京。さいとう・たかを率いる「さいとう・プロダクション」に脚本スタッフとして参加。「ゴルゴ13」、「日本沈没(小松左京原作の小説のコミカライズ)」、「無用ノ介」など多数のさいとう・プロ作品の脚本スタッフとして活躍する。
・1996年(平8)逝去。

活動の概要

①貸本マンガ時代

・劇画工房解散後は、Kスタジオを名義で作品を発表することも多かったが、基本、1人でマンガ(劇画)を描いていた。アシスタントがいた可能性も否定できない。
・貸本マンガ時代は京都で活動していたようである。

②貸本マンガ業界の終焉を機にマンガ(劇画)の脚本家に転進

・貸本マンガの終焉を機に、単独でのマンガ(劇画)制作をやめて、さいとう・たかを氏が率いる「さいとう・プロさいとう・プロダクション(以下「さいとう・プロ」に省略)」で「脚本」を担当することになる。
・K氏がさいとうプロの脚本部に在籍した期間は不明である。Kは、さいとう・プロの「脚本部」に在籍していたことになっているが、「K氏には独立してもらい、脚本部自体を閉鎖した」という旨を、過去にさいとうが語っている。さいとうプロに脚本部が存在した期間についても不明である。
・K氏の脚本家(脚本担当者)としての仕事は、「さいとう・プロの脚本部在籍時」の物と「独立後」とに分けるのが妥当かと考えるが、詳細な情報を得ることができていない。
・以上のような理由で、貸本時代のK氏の活動内容については比較的多くの情報があるが、1970年(昭45)頃にさいとう・プロの一員となってから1996年(平8)に逝去されるまでの約25年間のK氏の活動に関する情報は極めて少ない。

 

 

1780年(昭55)年発行の『劇画ダッシュ』(リイド社)創刊号。実質的に、さいとう・プロの制作である。新人のデビューの場所を提供する、コミック界の情報収集の場、という理念の下に創刊された。
1780年(昭55)年発行の『劇画ダッシュ』(リイド社)創刊号。実質的に、さいとう・プロの制作である。新人のデビューの場所を提供する、コミック界の情報収集の場、という理念の下に創刊された。
『ダッシュ』創刊号のもくじを含む冒頭の4ページ。青でマーキングしている部分がK・元美津氏。
『ダッシュ』創刊号のもくじを含む冒頭の4ページ。青でマーキングしている部分がK・元美津氏。
右上の写真の、K・元美津氏が写っている部分を拡大。K氏が45歳くらいの頃かと思われる。
右上の写真の、K・元美津氏が写っている部分を拡大。K氏が45歳くらいの頃かと思われる。

 

2.その業績と人柄は……?

K・元美津の人柄や、作品についての情報は極めて限定的で、まとまったものがほとんどない。

K・元美津の作品、または人柄を扱った活字情報

  ①キザとにやけが歩道にビート K・元美津小論

 ちだ・きよし著/全7p/「貸本マンガ史研究第7号」/貸本マンガ史研究会/2001年(平13)12月発行に掲載 

 ・貸本時代のK作品の概要を知るには好都合の優れた論考だと思う。K作品の主要なキャラクターの図版もあり、貸本時代のK作品の特徴とその面白さの一端を知るには極めて有効な内容である。

②K・元美津のこと

 本水光子著/全2p/「貸本マンガ史研究第20号」/貸本マンガ史研究会/2009年(平21)3月発行に掲載  

2008年(平20)11月に、K・元美津氏の未亡人である本水光子さんによって書かれたもの。K氏の人柄を知る上で貴重な資料となっている。

③別冊太陽 少年マンガの世界Ⅱこどもの昭和史(昭和三十年~六十四年)」

 平凡社/1996年(平8)12月/構成「米沢嘉博」 

 ・第三章「貸本劇画、不幸からの脱出行」の中の「ウエット&ドライ~三人のストーリーテラー」と題された節にて、K・元美津氏について言及されている。「三人」とは、K氏と「水島新司」氏と「山本まさはる」氏のこと。

・K氏に関する記述を以下に引用(一部省略)しておく。

いわゆる主流のアクション物、ミステリ、あるいは怪奇物などの作家については、これまで語られることも多かったが、そこからはずれた形で特にストーリーの面白さを中心にした作家は、貸本物の中で取り上げられることは少ない。絵や世界がさほど特異でもなかったがゆえにマニアも生まれず、時代を超えた普遍性を持ち得なかったともいえるだろう。

K・元美津の世界は生活感とは無縁のハードボイルドコメディの世界で、「針剣太郎」シリーズ、「オッサン」シリーズなどシャレた会話の都会派サスペンスだった。そのセンスは洗練されており、感情移入を拒む大人の異世界でもあったのだ。

 

K・元美津氏の作品を読むには

比較的入手しやすく読みやすい作品として下記の作品が掲げられる。

  「殺人時間割」

 「アンソロジー、文藝春秋社文春文庫『幻の貸本マンガ大全集』1987年(昭62)3月10日第1刷に収録/25p/雑誌形式/摩天楼第1集/兎月書房/A5版/1959年(昭34) 

殺人事件を扱っても殺伐とせずに、どこかカラっとした明るさがあるのがK作品の魅力の一つだろう。
個人的には、不満の残る作品の選択である。もっと、K氏らしい作品があるように思う。構成に幾分難があり、習作時代(に近い)の作品と言っても良いように思う。

 

その他、Kに関する情報(インターネットより)

・映画「ゴルゴ13」の脚本 を担当

1973年(昭48)に東映で制作された映画「ゴルゴ13」(監督・佐藤純弥、主演・高倉健)に脚本担当としてさいとう・たかを氏、高久進氏と共に名を連ねている。