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第3期/劇画表現の確立


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辰巳ヨシヒロ・ヒストリー 第3期/劇画表現の確立

※文中において、氏名の敬称を一部省略しています。ご了承ください。

(1)マンガでないマンガ・劇画への目覚め

辰巳氏本人が著作中で語っているが、この「マンガではないマンガ・新しいマンガ」の試みがいかに刺激的であったか、それはまさに新しいメディアの開発に匹敵するものであったかもしれない。毎月のように技術革新が進む昨今から見れば、「極めて小さな進歩」でしかなく、紙とペンとインクで勝負する徹底したアナログの世界ではあったが、先人たちの多くの「独創」や様々な「試行錯誤」があったからこそ現在のマンガ表現があるといえるだろう。当時のマンガ家や熱心なマンガ読者へどれだけ大きな影響を与えたか。辰巳氏の功績は計り知れない。

だが、やはり軽視できないのは松本正彦の提唱していた「駒画」の影響であろう。「劇画漂流」でも、その辺りのことは詳述されている。 「駒画」の存在が「劇画」という用語のヒントになっていることは間違いないであろう。

●辰巳ヨシヒロが当初考えた劇画とは、次のようなものといえるだろう。
①ユーモアやデフォルメを極力排している
②リアリズムの導入
③大人の鑑賞に耐えうる&訴えかけるもの

※この場合の”大人”とは、理解力のある一定年齢以上の10代の少年少女を含む。「子ども」の対比としての「大人」。この当時は、一部のコママンガ的なものを除き、マンガは「子ども」が読むものであるという社会通念があった。

心理描写を重視する

 

(2)「劇画」という用語が最初に世に出たのはいつか?

「劇画」という用語が一番最初に世に出た作品は……?
これに関してはいくつかの説がある。以下が「劇画」初登場の作品として巷間に流布している3作品である。

①幽霊タクシー

 辰巳ヨシヒロ/29p/1957年(昭32)12月/A5判/『街』12号/セントラル文庫 

作品扉に「ミステリー劇画」と記載。実際の発売は1958年(昭33)2月。「劇画工房」と入ったロゴマークも使用されている。本作品は掲載誌の短編である。

②死神のいる部屋

 辰巳ヨシヒロ/30p/1957年(昭32)12月/『影』16号/日の丸文庫/A5判/実際の発売は1958年(昭33)2月 

③目撃者

 辰巳ヨシヒロ/単行本/126p/セントラル文庫/B6判 

制作時期は1957(S32)年5月。発売時期は不詳だが、制作時期の数ヶ月後であろうか?この作品は、電子書籍サイト「ebookjapan」でダウンロード販売されていた(デジタルデータのみ、紙への印刷出力不可)。だが、2015年現在は、販売されていないようである。
辰巳の「劇画暮らし」の中でもこの作品について言及されており、「冒険王(秋田書店)の付録用に描いた「生き残った男」のリメイク作品」と、作品リストには記載されている。
単行本冒頭には「長編スリラー劇画」の文字がある。また、制作クレジットには次のように記載がある。尚、劇画工房のマークはどこにもない。

脚 本   劇画シナリオ工房
劇画化   辰巳ヨシヒロ
編 集   あさひ・昇

 「劇画」を定義づけることの困難さ、あるいはそれ自体の意味を問う必要性の有無についてはさておき、辰巳氏は著作「劇画大学・27~28p」で、次のように書いている。興味深いので引用しておく。

劇画そのものが、貸本店における読者対象の違いを意味づけるために、便宜上付けられた呼称だとすれば、その必然性は、この頃(注:1961年(昭36)頃)になくなったと云ってもいいだろう。劇画そのものの使命は終わったと云うべきかもしれない。

 

(3)「劇画工房」の結成

劇画工房の結成は、一般的には1959年(昭34)1月とされている。そして、解散(消滅)をどの時期とみなすかについては諸説ある。辰巳氏1人だけで「辰巳ヨシヒロ・劇画工房」と名乗っていた時期もあったということに留意すべきだと思われる。劇画工房と他の集団等の関係については一覧表を作成したので参考にしていただきたい。

 

◎開化の鬼

 辰巳ヨシヒロ/128p/日の丸文庫/1955年(昭30)9月制作/B6判/単行本 

概要講道館と嘉納治五郎に取材したと思われる明治時代物。安納(あのう)が主宰する広道館で柔道に励む横車(よこぐるま)が主人公。

辰巳氏本人が、

「開化の鬼」「闇に笑う鬼」ではコマ運びと”時間”をシンクロさせる手法を意識した
漫画ではない漫画に目覚める
と記述している。現在の視点からすれば、格別目新しくもないかもしれないが、演出方法としては、現在でも充分に通用すると思う。佐藤まさあきが自著「『劇画の星』をめざして」の中で、この作品に衝撃を受けた旨を書いている。

『開化の鬼』単行本表紙。辰巳氏本人の手によるものだろうか?
「開化の鬼」扉ページ。顔は従来のマンガ調だが、全身のバランスが現実に近くなっている。
「開化の鬼」扉ページ。顔は従来のマンガ調だが、全身のバランスが現実に近くなっている。
「開化の鬼」もくじページ。明治18年の日本を舞台に物語が始まる。
「開化の鬼」もくじページ。明治18年の日本を舞台に物語が始まる。
「開化の鬼」64~65p。佐藤まさあき氏も自伝でこのページを掲載しており、当時のマンガ界への影響力のほどがうかがえる。
「開化の鬼」64~65p。佐藤まさあき氏も自伝でこのページを掲載しており、当時のマンガ界への影響力のほどがうかがえる。

◎声なき目撃者

 辰巳ヨシヒロ/128p/日の丸文庫/1956年(昭31)2月/B6判/単行本 

あらすじ学校の近くに住む、いとこの大学生・伸介さんの住むアパートを訪ねる中学一年生の昇。伸介は最近、オウムを飼い始め、アパートに住むマンガ家の竹本にも、そのオウムは大事にされている。父にお古のカメラを譲ってもらった昇は、写真好きの伸介と、写真の話題で盛り上がる。ある日、昇と伸介は、ある決定的な瞬間を撮影する事に成功するが、その結果、怪しげな2人組に付け狙われることになってしまう。昇と伸介は、2人組の魔の手から逃げる事が出来るのだろうか……?

解説オウムの存在が重要な伏線となっているなど、何気ない日常が、恐怖の連続へと変っていくサスペンス描写が冴え渡る構成。ページをふんだんに使えた単行本ならではの構成で、今読んでも十分通用する作品であろう。

1976年(昭51)に東考社より定価600円、限定500部で復刻されている。下の画像はその東考社である。

復刻版(東考社)「声なき目撃者」表紙。オリジナルの表紙は全く違ったものであったと思われる。
復刻版(東考社)「声なき目撃者」表紙。オリジナルの表紙は全く違ったものであったと思われる。
復刻版(東考社)「声なき目撃者」巻末ページ。右側のオリジナルに掲載の広告をそのまま再録している。右側は桜井昌一氏による解説。
復刻版(東考社)「声なき目撃者」巻末ページ。右側のオリジナルに掲載の広告をそのまま再録している。右側は桜井昌一氏による解説。

◎黒い吹雪

 辰巳ヨシヒロ/127p/日の丸文庫/1956(昭31)年10月/B6判 

青林工藝舎より「限定復刻版」が2010年(平22)に刊行されている。

辰巳氏本人は「二十日間で『黒い吹雪』を描き上げ『劇画』に自信を得る」と書いている。ちなみに、作品扉では「スリラー漫画・黒い吹雪」と記載されており、「劇画」という用語は使用されていない。「劇画漂流」によると、辰巳氏は最初「スリラー」とのみ表記し、出版社(日の丸書房)の意向で「スリラー漫画」となったようである。

復刻版「黒い吹雪」カバー。ハクダイとしては、オリジナルの美本が欲しいところだ。
復刻版「黒い吹雪」カバー。ハクダイとしては、オリジナルの美本が欲しいところだ。
復刻版「黒い吹雪」帯。
復刻版「黒い吹雪」帯。
ハクダイは幸い辰巳先生のサイン入りを入手することができた。
ハクダイは幸い辰巳先生のサイン入りを入手することができた。

 

比較的入手しやすい辰巳の初期作品


①私は見た

 辰巳ヨシヒロ/20p/『影』1号/日の丸文庫/1956年(昭31)4月刊行/制作は同年3月 

②谷底館の人々

 辰巳ヨシヒロ/30p/『影』2号/日の丸文庫/1956年(昭31)5月刊行/制作は同年4月 

③鶯荘殺人事件

 辰巳ヨシヒロ/21p/『街』1号/セントラル文庫/1957年(昭32)3月刊行/制作は同3月 

上記①②③は次のように、比較的入手が容易である。

a.電子書籍ebookjapanでのダウンロード販売
   『影』1号『影』2号

b.小学館クリエイティブより、
  『影』1号『街』1号復刻版
  
(2009年(平21)・2冊同一箱入り)が販売された。

c.雑誌ふろくへの再録
鶯荘殺人事件は、㈱美術出版社の雑誌「美術手帖」1971年(昭46)2月号のふろくの小冊子にも収録されている。このふろくには、他に加治一生(平田弘史の別名義)、つげ忠男、淀川さんぽ、篝じゅんの4作家(作品)を収録。石子順造氏が序文と各作品の解説を書いている。明確な記載はないが、作品の選択は石子氏が行ったようである。

『鶯荘殺人事件』「美術手帖」1971年2月号のふろくの小冊子に収録。右側の解説文は石子順造氏による。
『鶯荘殺人事件』「美術手帖」1971年2月号のふろくの小冊子に収録。右側の解説文は石子順造氏による。

 

劇画工房時代の辰巳作品

◎無情の雨(無双1号・集)

『無双』1号 兎月書房に掲載の「無情の雨」表紙。劇画工房のマークあり。
『無双』1号 兎月書房に掲載の「無情の雨」表紙。劇画工房のマークあり。
『無双』1号 もくじページ。川崎武彦以外の6作家が劇画工房同人で、これら6作品全て、作品扉に「劇画工房・マーク」がある。
『無双』1号 もくじページ。川崎武彦以外の6作家が劇画工房同人で、これら6作品全て、作品扉に「劇画工房・マーク」がある。

 

「無情の雨」冒頭部分。辰巳作品には時代物は少ないが、違和感なくすんなり読める印象である。
「無情の雨」冒頭部分。辰巳作品には時代物は少ないが、違和感なくすんなり読める印象である。