連作/うらぶれロマン1 いとしのモンキー。マンガとしては一番後ろの方に掲載ですが、扉がカラーです。

第7期/独自の人間ドラマの構築(その完成と成熟)


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辰巳ヨシヒロ・ヒストリー 第7期 独自の人間ドラマの構築(その完成と成熟)

※文中において、氏名の敬称を一部省略しています。ご了承ください。

実験段階とも言える第6期の後、辰巳は矢継ぎ早に数々の傑作を発表しはじめる。

辰巳ヨシヒロ本人制作の年譜より引用

*1969年(昭44)/34歳
「おれのヒットラー」「あな」で再度本来の『劇画』の手法を意識。
*1970年(昭45)/35歳
「ガロ」「サンデー毎日」「現代コミック」「少年マガジン」「ビッグコミック」「週刊漫画TIMES」などに作品を発表。創作の喜びを味わう。「巷喧伝される『劇画』なんて、どうでも良いじゃあないか」と達観したつもり。
*1971年(昭46)/36歳
(株)ヒロ書房の出版活動を停止、多額の借金が残る。依頼作品は短編ばかりで一発勝負となり、経済的にも窮地に陥る。ピンチヒッターがホームランを打つのは難しい。
*1972年(昭47)/37歳
新しい出版社が新しい仕事をもって来てくれるのは、興味津々で楽しい。

(1)青林堂ガロへの登場

「青林堂」の長井勝一編集長と辰巳は、長井が、貸本マンガ向け出版社の三洋社に在籍した頃からの旧知の間柄であった。
1968~1969年(昭43~44)の『劇画ヤング』での雌伏の時代を経て1970年(昭45)に大舞台「ガロ」へ登場、といえるかもしれない。「ガロ」自体がマンガ業界ではマイナーではあろうが、「COM」と「ガロ」は、マニアなマンガファンにとっての双璧ともいうべき存在であったことは間違いない。

(2)講談社『週刊少年マガジン』への発表

現在の観点からすれば、よくもまあ、あのような作風の作品が『マガジン』に掲載されたなあ、というのが大方の見方であろう。マンガ市場そのものが現在のように成熟しておらず、市場の細分化も進んでいなかったという一面もあるだろうが、経済成長への懐疑というものが、時代の空気として存在したことも確かであったと思われる。ギリギリのところでエンターテイメントとして成立するのが辰巳作品の持つ力強さであろう。う。

1970年(昭45)には、別冊含め『少年マガジン』には約10作品を発表している。その中には、週刊少年マガジンに掲載された「異色作家サキ短編」の競作シリーズも含まれる。辰巳は、「トバーモリー」(Tobermory)を「人猫」というタイトルでマンガ化している。原作を全く読んだことがないため、辰巳がどのように原作を「料理」したのか定かでないが、辰巳らしい風刺が効いた一篇に仕上がっている。なお、下記サイトが、この連作(競作)について詳しい。

s k n y s – s y n k s

うらぶれロマンとは…?


●独自の人間ドラマ

無名の一庶民、下層労働者、水商売で働く女性たち……マンガ表現が多種多様になった現状なら、これらの人々が主人公となるマンガ作品でも、特別違和感なく受け入れられるだろう。しかし、1970年(昭45)頃の状況においてそれらを題材として扱うのは商業的にはギリギリのところだったかもしれない。
当時から現在まで、辰巳ヨシヒロ作品の周辺には「うらぶれロマン」「うらぶれ系」というような言葉が漂っている。辰巳氏は、庶民の厳しい生活のあり様を「ロマン」にまで高めていった。苦い現実を見せつけられるのだが、不思議と後味は悪くない……そんな限界の一歩前の魅力が辰巳作品にはある。

連作/うらぶれロマン1「いとしのモンキー」。マンガとしては一番後ろの方に掲載だが、扉絵はカラー。
連作/うらぶれロマン1「いとしのモンキー」。マンガとしては一番後ろの方に掲載だが、扉絵はカラー。
黒沢明監督の世界②「どですかでん」巻頭特集。辰巳作品「風花の挽歌」は、マンガ作品の中では一番前に掲載されている。味わい深い単色カラー。
黒沢明監督の世界②「どですかでん」巻頭特集。辰巳作品「風花の挽歌」は、マンガ作品の中では一番前に掲載されている。味わい深い単色カラー。
『COM』1971(昭46)年5、6月号。4人の作家による庶民をテーマにした作品の競作。豪華な寄稿陣に注目。
『COM』1971(昭46)年5、6月号。4人の作家による庶民をテーマにした作品の競作。豪華な寄稿陣に注目。

 

  *『いとしのモンキー』は1970年(昭45)の週刊少年マガジン34号/連作うらぶれロマン1(このシリーズの”2”についは未確認)

 *『風花の挽歌』は1970年(昭45)の週刊少年マガジン45号/短編オリジナルシリーズ7

ガイドブック(第7期を中心に)独自の人間ドラマの構築(その完成と成熟)


「うらぶれロマン」とも呼ばれる事も多い、この7期に描かれた作品の多くは、長くても30pに満たない平均20p程度の短尺の作品群である。

巳ヨシヒロ短編収録状況-(ハクダイのカカク作成)

辰巳ヨシヒロ短編収録状況-(ハクダイのカカク)

(1)比較的入手しやすい作品集

①「辰巳ヨシヒロ傑作選」

 辰巳ヨシヒロ/㈱KADOKAWA/BEAM COMIX(エンターブレインコミック編集部)/B6判/2014年(平26)11月/1.400円 

・全11作を収録。「劇画マガジン」に1969年(昭44)に発表された3作の収録がうれしい。

呉智英氏による、「『劇画』の提唱者、辰巳ヨシヒロ」と題された解説があり、辰巳作品の入門書として最適な1冊。   

・辰巳氏による「あとがき」あり。  

 

②「TATSUMI」

 辰巳ヨシヒロ/青林工藝舎/B6判/2011年(昭23)7月/800円 

・映画<TATSUMI>の製作に併せて企画された作品集で全8編を収録。1969年から1972年(昭44~47)にかけて描かれた8編で、辰巳ヨシヒロの入門書としては最適の1冊。まさに「世界標準」な1冊。

 

③「大発見」

 辰巳ヨシヒロ/青林工藝舎/A5判/2002年(平24)11月/1.600円 

・上記②「TATSUMI」に収録中された8編のうち7編を収録し、合計13編が含まれる。

巻末鼎談に、「うらぶれ劇画フォロワーズmeetsゴッドファーザー~空しさの中に生きる実感が」と題して、辰巳ヨシヒロ山松ゆうきち東陽片岡の鼎談(会談)が収録されている。

・「劇画漂流年譜~辰巳ヨシヒロ自分史」が全作品リストを含めた形で収録されている。

・著者あとがきあり(1p)。

1969年から1972年(昭44~47)にかけて描かれた10編に加えて、80年代以降の作品を3作収録している。その3作の制作時期は1984、1990、1998年とバランスの良いチョイスとなっている。表題作である『大発見』は1998年(平10)の作品。 

 

 ④「大発掘」

 辰巳ヨシヒロ/青林工藝舎/A5判/2003年(平15)9月/1.600円 

・1971年から1980年(昭46~昭55)頃に制作された13編を収録。

・「フェイドアウトの作品群」と題した著者あとがき(4p)を収録。このあとがきには、1981年(昭56)頃の作品らしい未発表のギャグタッチ作品が小さくではあるが収載されていて、ファンにはうれしい。

・書籍タイトルである「大発掘」というタイトルの作品は収録がない。単行本未収録の作品を青林工藝舎が「大発掘」したという意味を込めて、「大発見」とのバランスを考えて付けられたタイトルとの事。

 

(2)やや入手が困難な作品

①「鳥葬」

 辰巳ヨシヒロ/小学館小学館文庫/A6判/1976年(昭51)6月/290円 

・「異色ロマン傑作選1」と副題がある。

・表題作「鳥葬」など全11編を収録している。

・辰巳ヨシヒロによる「あとがき、1p」、石川弘義による「-劇画と激画・隙画-」と題された解説(4p)を収録している。

・発表雑誌(掲載雑誌)が、『ビッグコミック』(本誌及び増刊)、『ガロ』、『週刊少年マガジン』、『別冊土曜漫画』、『増刊ヤングコミック』とメジャーからマイナー、少年誌から成人誌と多岐に渡っている点が興味深い。

 

②「コップの中の太陽」

 辰巳ヨシヒロ/小学館文庫/A6判/1976年(昭51)6月/330円 

・「異色ロマン傑作選2」と副題あり。ちなみに、発行日は「辰巳ヨシヒロ傑作選」「TATSUMI」と同じ6月20日で2冊同時の発売だったようである。

・表題作「コップの中の太陽」など全15編を収録している。

・辰巳ヨシヒロによる「あとがき、1p」、尾崎秀樹による「劇画表現の先見性」と題された解説(3p)を収録している。

・14編が雑誌『コミックミステリー』(双葉社)に掲載され、残り1編は『ヤングコミック』に掲載された。解説によると、コミックミステリーには「都会の哀愁シリーズ」として掲載されたようでである。しかし、収録の14編全てが同じシリーズで発表されたかについては未確認である。

 

 ③「男一発」

 辰巳ヨシヒロ/現代漫画家自選シリーズ10/青林堂/A5判/1972年(昭47)5月/480円 

・1968年から1972年(昭43~昭47)に制作された全12編を収録している。

「真昼間の都会に出現する亡霊」石子順造「無念さを自覚する心」岩田二郎の2つの解説文を収録している。

カラー口絵がある。ちなみに、全ての青林堂現代漫画家自選シリーズに口絵がある訳ではないようだ(ファンには当たり前の事実かとは思うが)。