辰巳ヨシヒロ・ヒストリー 第4期 アクション物の人気作家として
※文中において、氏名の敬称を一部省略しています。ご了承ください。
高度経済成長期下の日本にあって、痛快なアクションマンガは時代が要求したものだったのか……?
(1)劇画工房を脱退~独立劇画プロの結成
意外と思われるかもしれないが、劇画工房から最も早く脱退したのは辰巳ヨシヒロ、さいとう・たかを、松本正彦の3氏である。
脱退というよりは離脱という言い回しが適当かもしれない。3氏の離脱の一件があったのは1959年(昭34)の8~9月頃のようである。
劇画工房脱退後の辰巳は「独立劇画プロ」名義で活動するようになる。確認できた資料が少なく、明確な事はわからないが、その期間は、せいぜい長くて2年、1959(S34)~1961(S36)年。また、全ての作品制作において「独立劇画プロ」を名乗った訳ではないようである。
『辰巳ヨシヒロマガジン』3号には、前号で「独立劇画プロ」のマークを募集し、現在までハガキ300通あまりの応募がある旨を記した記事がある。記事中、「優秀作中間発表①」として3件のマークを紹介しており、最終締め切りは6月15日としている。採用者には3千円贈呈(1名)、ヒント採用者には千円(2名)という、当時としては豪華な賞が用意されていた。
◎独立劇画プロ名義での作品発表「若い爆発」
『Γ(ガンマ)』というタイトルを3号から『Z・ゼット』に改めたようである。辰巳作品リスト中の1959年(昭34)11月制作の「若い爆走」(ガンマ3/わかば書房/32p)が、下記写真の「若い爆発」に相当すると推測している。
佐藤まさあきの著作リストにも、「殺人組織」は1959年(昭34)と記載されている。
◎辰巳ヨシヒロマガジンの発刊
1959年(昭34)12月、自身の名を冠した短編誌『辰巳ヨシヒロマガジン』 (金園社)をスタートさせる。辰巳本人が編集を行い、マンガ(劇画)も載せる、いわゆる「ワンマン誌」的な性格が強い短編誌であった。
1960年(昭35)12月までに7集までを刊行し、「恐怖講座改め劇画講座」(回数等詳細は不明)、「波紋」(全7回)を掲載する。1961年(昭36)には8、9集を刊行しているが、短編誌としての発刊ではなく、1冊全て同一作品の長編掲載スタイルであったようだ。ハクダイ手持ちの『辰巳ヨシヒロマガジン』は3号と7号の2冊のみで、詳述できないのが残念である。
また、7集に掲載されている辰巳作品は「波紋」最終回(第7回目と推測)のみだが、3号の3回目と同様に「独立劇画プロ」名義ではない。
(2)悩みつつもアクション物を書きまくる
人気マンガ家(劇画家)はアクション物を当然のように得意としていた。 アクション物の体裁を取りつつも、悩み苦しむ青春群像が描かれるなど、辰巳ヨシヒロワールドは健在であった事は言うまでもない。
貸本マンガ業界が衰退時期に入り、販売(貸本屋への卸し)部数が激減する中、出版社は売り上げの減少を補う目的で商品の種類、タイトルを増やしていった、という事情も少なからずあったようだ。
辰巳としては、1960年(昭35)頃から数年間の制作に関しては、生活のためにと割り切らざるを得ない側面が強かったようだ。
多作、(悪く言えば)濫作の時期だったともいえるが、この時期の辰巳氏はアクションマンガとして魅力的なキャラクターを少なからず創作している。
以下、この時期について辰巳本人制作の年譜より引用
劇画工房消滅。三洋社、エンゼル文庫、すずらん出版社、中村書店と発表の場を拡大。以前にも増して多作が要求され、次第に作品の質が低下し、思考回路が混乱、短編ばかりで『劇画』的表現が実践できないイライラから完全に意欲消失。
1961(S36)/26歳
白土三平「忍者武芸帳」の登場が、貸本業界を再び長編時代に呼び戻す。単行本や生き残った『影』、『街』に短編作品を発表し続けるが、荒廃した創作活動は低調を極める。
1962(S37)/27歳
貸本出版社が相次いで営業停止。依然として低調なまま、桜井昌一の興した東考社やトップ社に描き続ける。
◎長編「男ありて」
辰巳ヨシヒロ/576p/三洋社/全4巻/1961年(昭36)
解説当時の少年マンガ雑誌では発表は無理だろうと思われる大人向けの内容である。ボクシングを題材に、読みごたえのある長編ドラマの構築に成功している。三洋社『辰巳ヨシヒロアクション』というシリーズの1~4として刊行された。奥付には、「発行者『長井勝一』」とある。実質的な編集者であった長井勝一氏と、作者の辰巳氏との間でどのようなやりとりがあったかは想像するしかないのだが、「忍者武芸帳」の成功が背景にあった事は容易に想像がつく。◎ダイナマイトマガジン・シリーズ
トップ社より『辰巳ヨシヒロダイナマイト・マガジン』と銘打た単行本が10冊まで刊行された(1962年~1963年(昭37~38))。詳細は不明だが、全てA5判での単行本での刊行と思われる。同じメインキャラクターによる連作シリーズではない。
2.オリにかえれ
3. 墓場紳士
4. けものの眼ざめ
5.四角い戦場
6.やせた犬の歌
7. おとし穴作戦
8. 殴り込み四十七人
◎弾丸太郎シリーズ
*全10冊刊行された(1962~1964年(昭37~39))。主人公の「弾丸太郎」は帽子とマフラーがトレードマーク。
*詳細不明だが、全てA5判単行本での刊行と思われる。発行は「セントラル文庫~東考社~第一プロ」と3社にわたっている。
*辰巳本人の作詞(と思われる)「弾丸太郎の歌」がある。
*タイトルネーミングも含め、勧善懲悪的な少年マンガテイストが強い、遊び心満載のキャラクターだ。ハクダイとしては松本正彦の「鋼錠」シリーズを意識したようなリアルなキャラクターを見てみたかった。
*また、明朗快活な「アクションヒーロー」としては「銀座新次」というキャラクターもいる。基本、弾丸太郎と銀座新次は別々の作品に登場する。
2. めくら狼/東考社
3. 死亡広告/東考社
4. 背骨にノック/東考社
5. 熱い鉛/東考社
6. 殴ってさよなら/第一プロ
7.太陽をけとばせ/第一プロ
8.ならず者/第一プロ
9.爆弾かかえて/第一プロ
10.荒野に叫べ/第一プロ
◎マンモスタンクシリーズ
イカつい大男の探偵「通称・マンモスタンク」。作品自体は少ないようだが、個人的には好きなキャラクターである。このキャラクターによる作品が何作描かれたのか定かではないが、リアルさという点では「弾丸太郎」「銀座新次」を格段に凌ぐであろう。
松本正彦の「鋼錠/ハガネジョウ」シリーズやK・元美津の「針剣太郎/ハリケンタロウ」シリーズに匹敵するような、アダルトな雰囲気は感じ取れないのだが、辰巳自身が「商業的な制約上の妥協」をしているようにハクダイは感じる。ファンの無茶な要望であるとわかってはいるが、この『マンモスタンクシリーズ』で本格ミステリーが読みたかった。
辰巳ヨシヒロ・ヒストリー 第5期 貸本衰退期~出版人としてのサバイバル
(1)出版業へ~編集者として
①第一プロを設立(のちのヒロ書房(株))
1963年(昭38年)、辰巳氏28歳の年、辰巳氏は高校時代の友人の出資で「第一プロダクション」を設立する。事務所の住所は「神田神保町」。第一プロダクションは後に(1967年(昭42))「ヒロ書房」と改名し株式会社となる。
②編集者辰巳ヨシヒロ
『影』(日の丸文庫)、『摩天楼』(兎月書房)、『辰巳ヨシヒロマガジン』(金園社)等、雑誌形式の貸本単行本で編集実績を多く積み上げてきている辰巳氏は、編集者として高い見識を持っていたと思われる。この時期、『青春』、『学園』、『鉄人』という3つの短編誌を編集している。『青春』は、タイトルどおりに「青春物」に特化した内容で、『鉄人』は「SF」に特化した内容である。『鉄人』は、4号(5号?)までと短命だが、「青春」は40数号(詳細調査中)まで発行されており、商業的には、それなりに成功した短編誌であったと推測します。 「青春」の編集は途中より、実質的にみやわき心太郎らへ委嘱していた可能性も高いが、調査中のため詳述できない。
『学園』は手元に資料がなく詳述できないが、別冊を含めかなりの冊数が刊行されたようである(20~30冊は少なくても出ている)。丘けい子、峯岸ひろみ、山田美根子の、個性的な女性作家3名を輩出できたのも、この『学園』の刊行が順調であった事と無縁ではないだろう。
引用
・1966年(昭41)/31歳 アクションやどギツさを強調したいわゆる『劇画』の手法に一部疑問を抱き、創作から遠ざかる。
・1967年(昭42)/32歳 第一プロをヒロ書房と改名、株式会社にする。それまでの貸本向けの出版に限界を感じ、大手取次の日販、東販と取り引きを始め、発行部数の増加を計る。少年週刊誌に『劇画』が大々的に登場。己れの想像できない形で『劇画』が変貌しているのに気づく。『劇画』と決別するため、「劇画大学」を書く。
◎短編誌「青春」
『青春』第1号(創刊号)では、「青春劇画誌『青春』」と題しているが、徐々に性格を変更していったようである。『青春』に関する詳しい資料が手元にないため多くを詳述できないが、「青春ロマン誌」を経て「学園ロマン誌」となったようである。
編集は当初は、辰巳氏自身が行っていたようだが、その後は、みやわき心太郎氏などが係わっていたようである。38号まで刊行されている。
また、『青春』別冊として1~9号までが、『青春DELUX(デラックス)』と題した短編集が2号まで刊行されている。
◎短編誌「鉄人」
編集は実質的に辰巳が中心に行っていたと推測する。4号まで刊行され、別冊として山森ススム作品(単行本)が1冊刊行されている。
*1号(創刊号)/「空想化学劇画誌」 「カバー表紙」辰巳ヨシヒロ/「扉」影丸譲也
「白昼夢」佐藤まさあき、「全員射殺」都島京弥、「未知の世界」みやわき心太郎、「最后の日」辰巳ヨシヒロ
*2号/「空想化学劇画誌」
「カバー表紙」影丸譲也/「扉」みやわき心太郎
「ねずみ」つげ義春、「空からの来訪者」山森博之、「ロボットポニー」辰巳ヨシヒロ
*3号/空想科学少年誌
「カバー表紙」みやわき心太郎/「扉」辰巳ヨシヒロ
「右舷の窓」つげ義春、「ヘンな隣人」佐藤まさあき、「ロボット島」辰巳ヨシヒロ
*4号/空想科学少年誌
「カバー表紙」みやわき心太郎/「扉」辰巳ヨシヒロ
「行ったりきたり」つげ義春、「コップの穴」エンドー正治、「穴」辰巳ヨシヒロ、「地球をうばえ!」田代タケル
◎『学園』及び『女学生自身』
少女向け(女性向け)として、『学園』『女学生自身』の二種の短編誌を発行していた。下記のサイトが参考になる。
『学園』は26号まで、『女学生自身』は14号まで、刊行されている。
◎新書判シリーズの刊行
辰巳ヨシヒロは、第一プロダクション、またはヒロ書房より、次のシリーズの単行本シリーズを刊行し、出版人としても大きな足跡を残している。実兄である桜井昌一の『ホームランコミックス』ほどのインパクトは残してはいないと思うが、新書判コミックスの歴史に確かな足跡を残している。
辰巳ヨシヒロ自身の作品、峯岸ひろみ、丘けいこ、小原幸子のシリーズなどがある。
①第一ジュニアコミックス
②ベストコミックス
③スターコミックス
④ライオンコミックス
①ナポレオンブックス
(2)独特な雰囲気の作品群
学園物、青春物、SF作品、この時期の辰巳作品は、辰巳ヨシヒロを語る場合、どちらかと言えば軽視されがちな作品が多いように思われる。大人向けの「激しさ」もなく、「生活者」としての切実感もなく、かといって、一般的な商業マンガ雑誌に掲載されるような「商品価値」が高いかと?いったといたら、それも、それほど高くは無いでしょう、残念ながら。ですが、良い意味でも悪い意味でも肩の力が抜けたような印象で、独特の味わい深い辰巳ワールドを堪能出来ます。
●注記:某H様より、メール経由で情報提供がありました(2015.6.3)。情報概要:『青春』『学園』『鉄人』『女学生自身』の別冊等含めての号数情報。それに伴い、内容を一部加筆修正しました(2015.6.6)。情報を提供して頂きましたH様へ深謝致します。